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ってかさぁ。

この接続詞の続きはたいてい役に立たない。

くちゃくちゃくちゃくちゃ

最近自分がとても怒りっぽいような気がして、よくないなぁと感じる。

 

昔から怒ることに慣れていないので、発散がとてもへたくそだ。ここ最近同じことをずっとぐるぐる考えてしまって、「理不尽だ!」と感じたことに対しては延々と、そりゃもう延々と考えてしまうので、夜も眠れないなんてこともあった。あんまりにも考えているとなんだか自分が情けないやら悲しいやらなってきて、なぜか泣けてきてしまった。

 

理不尽が積み重なって、報われないと勝手に思いこんでいるのだろうか?もう少し私のボランティア精神を理解してほしいなぁなんて思ったり、しているのかしら?

 

イライラや悲しみをひきずりがちなのでいろいろ調べていたら、そのようにずっとぐるぐるとネガティブなことを考えてしまうことを「反芻思考」ということを知った。牛が胃で消化しては口に戻し、を何度もやるアレ、反芻。

私のネガティブも体の中で行ったり来たりしているのね。

 

別にそれで消化されるわけでもないので(牛じゃなくて人間だもの)なんとか切り替える努力をしよう。

 

「寝たら忘れる」という性質が信じられないのだけれど、そういう人はどうやって眠りにつくのだろう?私は眠りにつくのに頭の中に考え事がいっぱい押し寄せてくるから逆に眠れないのにな。別に「寝たら忘れちゃうんだよね」という人も悩み事だってあるし辛いこともあるだろうけど、発散の仕方が全然違うんだろうか?

 

こんなに人間て違うもんなのねー

暁斎は日本の浮世絵界の僥倖?

そういえば、大映自然史博物館よりも「バベルの塔」展よりもっと前に、河鍋暁斎の展示も見ていたんだった。

www.bunkamura.co.jp

 

「これぞ暁斎!」渋谷のbnkamura。

日本ではそんなに知名度がないけれど、フランスの雑誌の表紙を飾ったこともある有名な浮世絵画家。

 

というか、オールマイティーーー。

序盤に烏の絵が、鴉の絵がたくさんあったんだけれど、こんなにかっこよく鴉を描くことができるのかと驚きました。真っ黒な鴉の眼光が鋭く、躍動感がビリビリ伝わってくる。そんな掛け軸がたくさん。

 

他にも仏教的な絵や、動物が擬人化した絵、春画など様々。擬人化のナチュラルさはとてつもない。動物なのに人間ぽい、人間ぽいけど動物。頭と体のバランスが計算されているんだろうなぁ。

 

ああ、やはり展示を見てから日数が経ってしまうとたいしたことが描けない。もう少しマメにメモを残そう。

大映自然史博物館展を通じてビジネスに思いを馳せる

バベルの塔」展の前に、大映自然史博物館展にも行っていました。

 

treasures2017.jp

自然史ということでウン千年、億年前の化石や研究ノートなどなど。南極大陸への探検で見つけてきたものや、探検隊が日本に寄ったときに見つけた海苔とかもあって面白かった。そもそも大英博物館から自然史博物館が分離してできたのは、剥製コレクターの富豪がとんでもない寄進をしたからだというのが驚きで。大富豪っているんだなぁ…

 

 

南米やインドネシアを探検したときの、本に挟んだ植物標本が現物で残っているとか、そのとき採集した昆虫とか、どうやってこんなにきれいに保存できるんだろうかと…またきちんと簡単に撮影できるカメラもなかったから、初めてみた鳥をデッサンして実物大で美しい絵に残すとか。そこには主観が入ってはいけないし、昔の「科学」というのは、人間の主観を外すのが難しかったんだろうなぁ。

 

 

「呪われたペンダント」も展示されていました。持ち主が不幸になるという伝説から、忌み嫌われてきたペンダント。美しくも怪しい輝きでした。

でも「自然史博物館」のくくりの中でなんでこれが入るのかな?という不思議も…

 

夜になると博物館の収蔵品が動きだす『ナイトミュージアム』という映画があります。

ナイト ミュージアム

 

その映画はとてもわくわくして楽しませるものだった。まさにそれを再現するような映像が流れていて。始祖鳥や昔の巨大なナマケモノの化石をもとに、この生き物はどう動いていたんだろう?というのをシミュレーションした映像。それを単なるCG映像として公開するのではなく、展示されている骨が動き出して、展示ガラスを突いて割って出てきたと思ったら肉体ができている!というね!演出がおしゃれ!それで大英博物館の中を飛び回ったりするわけですよ!素敵!わくわくが倍増。

 

日本では博物館や美術館というものが「お堅いところ」というイメージになっている気がするのだが、こういう展示方法だけでだいぶ変わっていくんじゃないだろうか。渋谷のbunkamuraミュージアムとかはポップに展示を演出しているイメージはあるし、最近は変わってきているんだろうけれど、まだまだな感じがするね。地方には厳しい話だろうし。

 

「教養」の必要性がますます訴えられている中で、こういう展示は必要だし、日本の企業ももっとこういう分野に貢献すべきだと感じる次第です。 

 

美術館や博物館の経営コンサルってどういう人がやっているんだろうか?

「バベルの塔」展で頭の中がバベる

バベルの塔」展に行ってきた。

バベルの塔ももちろんだけれど、16世紀ネーデルラントの絵や彫刻がたくさん来ていてとても素敵だった。

babel2017.jp

 

その中で木でできた聖人の像があったんだけど、日本の仏像に似たものを感じたんですね。そんなに大きなサイズではないのだけれど、木を削って作られたひと。服の皺や、指先の爪まで繊細に表現されていて、本を片手に見下ろす瞳はおだやかで。日本人が仏や僧を木で作っていたのとほとんど同じようなものを感じました。海外の像って石とかのイメージが強かったから、なんだかこんなところで類似性を感じられたのが驚き。

 

あとやはり宗教の知識が足らない…!これを機にもう少し勉強しようかな。聖母子の絵もほかの聖なる人々も赤と緑の服が多かったけど理由は何だろうとか、「この人の絵には必ず刀のモチーフが入っています」とかそういう決まりごととかわかった上で鑑賞したら絶対楽しいだろうに。聖カテリナも、聖クリストフォロスも知りませんでした。教養が必要だ。

 

ボスの絵のユニークさはすごかった。浮世絵の北斎漫画をほうふつとさせるというか。でも北斎漫画のほうがかわいらしい。ボスの絵はちょっとグロいというか怖い部分がけっこうある。人間の欲望とかをそういった化け物の姿で表現したというからだろうか。そういったものが西洋絵画の世界にも存在していたことを知らなかった。ほぼ日とヒグチユウコさんのおかげ。

 

東京都美術館からほぼ日のTOBICHIへ。ヒグチユウコ『BABEL』原画展がやっていたので。

www.1101.com

にしても思うのが、幼いころからブリューゲルやボスの絵に触れていたというのはどのような環境なんだろう…でもあれだけすごく繊細な絵を描くというのはそこの影響もあるのかな。ボスのあれだけぶっ飛んだ(?)世界が「ひとつめさん」や「ギュスターブくん」のおかげでかわいらしくまとまっていて、でも女の子の顔は無表情で。画集買ったのでじっくり見よう。

 

最近美術館や博物館に行ってもメモも何も残していなかったので取り急ぎ雑記。

時間割を作るか

早々に会社を出て、前に友達が美味しいと言っていた担々麺のお店に行った。カウンターの奥には女性の店員さんがいて厨房を仕切っている。接客はカウンターの外でおじさんがニコニコ対応。1人でも入りやすい。雰囲気がちょうどよくて居心地がよかった。

担々麺も胡麻風味で辛すぎなくて、とても美味しかった。まったり、というか。高菜ご飯もセットでついてきて最高だった。

今家でこれを書いているけれど、こんなに夜って時間があったのか、という気持ち。よくよく考えれば学生の頃はもっと早く家に帰っていたのに、その頃よりも遅く帰っても、その頃よりも夜が長く感じるのだ。

うーん、やることがないから?
なんかやろうかな。
読書以外にも何か探すか。
人に会うとか?勉強?運動?

社会人は時間がない、というけれど。時間のやりくりをサボっているだけだと、昔の自分に怒られております。

たましいはホームレス

家でPCを開くことがかなり減った。

 

スマホでほぼ済んでしまうのである。家のネットを無線で飛ばしてwifiにすればスマホ通信制限も気にならないので、動画も漫画もブログも見まくっている。WEBサイトのスマホ版が充実してきたのもあるかもしれない。

 

PCだと「シャットダウン」という行為が案外面倒くさくてついつい付けっ放しにしてしまい、だらだらと動画を見続けてしまう。けどスマホだとやめやすいのでそれもよい。ちょっと前までは「スマホで長文書けないわ…」と思っていたけど、今これもスマホで書いているし、結果「慣れ」だと気付いた。

 

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Twitter経由で流れ流れて見つけたnoteがわかりやすかったのでシェア。昨今の「ビジネスマンと教養」ブームもありますし、ご一読あれ。宗教や哲学がわかりやすく短くまとまってます。

 

「『愛と平和と正義。このうち一つでも素面で言ったなら、悪人と相場は決まっている』のです。」

 

https://note.mu/ichirikadomatsu/n/nbc8118371bd6

 

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年度末は出会いと別れの季節、気づけば周りの環境もどんどん変わっており。自分のショボさに落ち込んだりもしたけれど、そういうところで引っ張られて卑屈になりがち&無理しがちなので自分のペースを思い出します。ヒッヒッフー

https://m.youtube.com/watch?v=L1ZSqf2cm9c

無駄なのか?

この前も少し書いたけれど、3月はいろんなことが大きく動いて、ものを考えがちになる時期である。facebookのいいねを押しながら、自分の中の何かを千切って投げているような気がしてくる。別に相手が悪いのではなく、引き比べて見える自分がショボすぎてなんだか卑屈になっているにすぎない。

 

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先日「出世はコスパが悪い」という記事や、「ナレッジが属人化している」という記事をシェアした。そういうところに自分の義憤くさい性格が見えてくるけれど、行動を起こせていないからなんにもならないのである。正確には、行動を起こそうとしたものの、想像以上に阿呆らしくて面倒なことが多くて「コスパが悪いってこのことか」と思ってしまって、停滞するこの頃。

 

んー、なんだかネガティヴな記事になってしまってつまらない。

 

考えすぎてもイライラするだけで疲れるので、後で上書きするように関係ない投稿をしよう。