ってかさぁ。

この接続詞の続きはたいてい役に立たないけど、でも言いたくなることを書きためるブログです。

コペルニクス的転回体験!:天文学と印刷@印刷博物館

印刷博物館で「天文学と印刷 新たな世界像を求めて」という展示を見てきました。

www.printing-museum.org

 

以下、HPより引用。

天動説から地動説(太陽中心説)への転換が起こるきっかけとなった『天球の回転について』。著者であるコペルニクスの名は知られている一方、本書の印刷者を知る人は少ないのかもしれません。15世紀のヨーロッパに登場した活版および図版印刷は、新たな世界像を再構築していく上で大きな役割を果たしました。学者と印刷者は共同で出版を行うのみならず、学者の中には自ら印刷工房を主宰した人物も存在します。本展では学問の発展に果たした印刷者の活躍を、天文学を中心に紹介します。 

 

そう、この展示の主人公は「印刷者」です。

印刷する人というと、「工場の下っ端の人」「技術者」みたいな印象を抱きますが、この展示を見てから「プロフェッショナル」だなと考えなおしました。

 

世界史の教科書では「グーテンベルク活版印刷を発明しました」のたった一行で終わりなことが多い「印刷」という発明。この展示はたっぷり3時間楽しみました。

 

展示物のメインはもちろん出版物。地図、人体の図形、天文学の本、幾何学、植物図鑑、とにかくいろいろ。それぞれに解説がしっかり書いてあって、このページは何を表しているのか、何が画期的だったのか、展示一つ一つがとても丁寧でした。

 

展示の全体の軸はタイトルの通り「天文学」。天動説から地動説への移り変わりがメインです。ただ、移り変わりにもいろんな理論を唱えた人がいて、それぞれどんな理論だったか、図解してわかりやすく解説してありました。

 

最初のスタートであるアリストテレスの四元素の理論は、ぼんやりは知っていたけど改めて理解できて勉強になりました。

四元素 - Wikipedia

 

実際にそれで世界を説明する(意地悪な言い方をすると「こじつける」)ことができて、多くの人がそれを支持していたと。そこにまた天動説でも微妙に違う理論を唱えるひとがいたり、地動説に近いんだけどやっぱり地球が中心の天動説を唱える人がいたり、現代のいわゆる地動説を唱える人がいたりと、多くの人の研究を通じて今の地動説が成り立っていったことがよくわかりました。

 

そこに「印刷者」という人たちが関わっていた、というのがまた発見で。展示の第二部がそのあたりの説明で、今回のメインどころでした。地動説でおなじみのコペルニクスがいかにして『天体の回転について』を出版したか。TBS日曜劇場並みの人間ドラマがそこにはあった…!

 

まずコペルニクス自身はそもそも自分の地動説の理論を出版するつもりはなかったと。でも情報網というのはあるもので、「コペルニクスという人の理論は『地球が動く』という面白い説らしい」という情報を仕入れたゲオルク・レティクスという人が、「こいつぁすげえ!」と、もうおじいさんだったコペルニクスに弟子入り。「絶対出版したほうがいいよ!」と激推し。当時、優秀な印刷者がたくさんいたとされるドイツのニュルンベルクの印刷所でとうとう『天体の回転について』印刷、出版。

ポーランドにいたコペルニクスがわざわざ遠い印刷所を使うということはよっぽどそこの技術力が高かったということ。印刷者はただ刷るだけではなくて、校正もする、図面がちゃんと印刷できるように版を考える、そもそもこの図面で言いたいことが伝わるのか?ということまで考える編集者のようなことまでしていたそうな。印刷者自身で天文学を研究する人まで出てきて、ニュルンベルクには印刷者兼天文学者、なんて人もいたとか。学問をやりたい、思ったように自分の本を出版したいから印刷技術も身につけたい、という感覚かしら(逆もいたと思うけど、印刷から学問とか)。そんなわけでニュルンベルクには天文学に造詣の深い印刷技術者が多くいたので、わざわざそこで印刷する、という選択があった、ということでした。複雑な図面を刷るのは技術力がないとできないことだし。

コペルニクスからレティクスを通じて印刷技術者へつながっていく人脈も図解されていて、面白かった!優秀な人が優秀な人につながっていく、出版したいという情熱が伝わっていったルートが見えるようで面白かったです。国境を超えて人がつながって、世の中をひっくり返す本が出てしまったのだから。

だって天文学って占い、宗教、政治、いろんなものに影響を与えていたわけで。世の中のルールが変わってしまうような話で。物事の見方が180度変わってしまう事を「コペルニクス的転回」なんて言いますが、まさにそういう状況だったわけですね。

 

もう一人、面白かった人がティコ・ブラーエ。17世紀、デンマーク天文学者。なんとこの人、島をまるごと天文学の観測所にしてしまった人。しかもその島に印刷所も併設!天文学の研究をすぐさま本にして出すことができる環境を作ってしまった。そして膨大な量の観測データを残したそうです。どれだけ星を見ても飽きない、謎が解きたくてたまらない人だったんだろうか。

 

自画像で有名な画家、アルブレヒト・デューラーも印刷技術者だったそう。天文学の挿絵も描いていたらしい。ニュルンベルクにもいたとか。

デューラーの自画像はぜひEテレの番組「びじゅチューン」の一曲『1500年のオーディション』からチェックいただきたい笑

www.nhk.or.jp

 

第三部では印刷技術の発展と医学、地理学、建築、植物学など、天文学とはまた違う分野にも大きな影響があったよ、という展示。どんどん挿絵が細かく繊細になっていって、動植物図鑑はどうやって印刷したんだ、という細かさ…

 

第四部ではコペルニクスの理論を発展させていくいろんな学者の本の展示。それぞれいろんな理論があって面白いねー。正四面体、正八面体、正十二面体、と積み重ねることで各惑星の公転軌道を表す図があって、もはや美しさを感じました。数学的というか。とにかく挿絵がわかりやすさだけじゃなくて綺麗、絵みたいな美しさ。印刷技術者のこだわりが現れたんでしょうね。HPの「展示物および展示風景」のimage3がまさにそれです。ぜひ見てみて。

www.printing-museum.org

 

第五部は日本の話。海外の理論を取り入れて、江戸時代に暦を作り変えるミッションを請け負った人の苦労が見えた。でもこの辺で正直集中力が切れてきて(今まで必死に解説と図面を読んできたものだから)、少し流し見してしまいました…すみません…。

 

企画展のフロアが終わると常設展フロアに。印刷の成り立ち、江戸時代の版画がどうやって刷られたか、活版印刷の仕組み、フォントの違い、版画の種類の違いの解説、現代の印刷技術などなど、体験もできるわかりやすい展示。その一方で、昔のポスターがおしゃれに飾られていて(まるで昔のパリの街並み)、現代アートも飾られていて、いろんな楽しみ方ができるので、常設展としてはよい作りだなぁと思いました。この前の「廃墟の美術史@松濤美術館」に行ったときに改めてエッチングリトグラフの違いを調べたけど(

http://habitaso.hatenablog.com/entry/2019/01/07/210928

、今回の常設展にわかりやすい比較展示があったので一気に理解できました。

 

印刷博物館、正直3時間も滞在するとは思わなんだ。ポスターのデザインが素敵だなぁというくらいで気になった展示だったけど、行ってよかったです、本当に。技術面でも文化面でも解説がしっかりしていて勉強になったし、展示物の美しさもアート的に鑑賞できたし。最終日に滑り込んで正解でした。

 

このブログをここまで読んで「もう展示終わってんのかい!」という感じになってしまうけど、楽しかったから書きたかったんです、勘弁してつかぁさい。

メモ帳なんて実用道具から抽象的なデザインまで~扇の国、日本@サントリー美術館

六本木のミッドタウンにあるサントリー美術館で開催されている「扇の国、日本」という展示を見てきました。

www.suntory.co.jp

 

以下、HPより引用。

宗教祭祀や日常生活での用具としてだけでなく、気分や場所、季節に応じて取りかえ携帯できる扇は、貴賤を問わずいつでもどこでも楽しめる、最も身近な美術品でした。和歌や絵が施された扇は、贈答品として大量に流通し、また、人と人をつなぐコミュニケーション・ツールの役割も担いました。
さらに扇は、屛風や巻物、そして工芸や染織などとも結びついて、多彩な作品を生み出していきます。あらゆるジャンル、あらゆる流派と交わる扇には、日本人が求めた美のエッセンスが凝縮されているのです。

 

 扇はもちろんのこと、扇をモチーフとした絵画、屏風、焼き物、着物まで幅広く展示されていました。行く前は「扇」がたくさん展示されているのかなと思っていたので、展示の幅広さにびっくりしました。

 

ユニークだったのが、扇の製作にかかった費用の請求書。江戸時代ごろのもので、「扇何本でいくらですよ」というのが書いてある請求書が展示されていて驚き。そしてなかなかのお値段。

 

あと朝廷や歌会、儀礼的な場で、持っている扇をメモ帳代わりにしていた、というエピソードも面白かった。要するにカンペです。誰が何を言ったかとか、儀礼での決まったふるまいの覚書とか、そんなのを書いていたとか。テスト前に消しゴムのケースにカンペを書いておくようなことと似てる笑 そんなことが当時の社会でも行われていたと思うと、一気に身近に感じます。

 

あと、儀礼の場での誰かの失言(あいつあんなこと言っちゃったな、みたいなこと)を扇にメモった人がいて。そんな危ういメモが書いてあるなんて露知らず、当人の息子が勝手にその扇を持ち出して使っちゃって、メモがばれて顰蹙を買った、こんちくしょう、、、なぁんてことが書いてある日記まで展示されてました。日記などなど、扇にまつわることが残されている文献も多く展示されていました。気軽に貸し借りしたりするような、扇はそんな身近な道具だったんだなぁというエピソード。

 

今回の展示は、扇自体の美しさだけでなくて、扇を取り巻く人々の生活や文化も伝えようとしていたんだなと思いました。

 

扇の紙の部分をきれいに並べて貼った大きな屏風も。扇コレクターって当時いたんだろうなぁ。マニアにしかわからないトークを好きなもの同士でしてたんだろうなぁ。

 

扇自体ももちろん展示されてました。でも絵画の展示と比べて絵がコンパクトなのでやや迫力はありません。源氏物語とか昔のお話をデザインの元ネタにしていたり、和歌とセットで描いてあったりするので(和歌の崩し字が読めない!)、事前知識が少ない私にはなかなか理解の及ばない部分がありました。もっと知識があれば、「この扇という小さな空間にこんな世界観が広がって、、、!」みたいな感動をもっと感じられたろうに。

 

扇自体の展示の中で異才を放っていたのは、河鍋暁斎の扇。(以下プロフィールの参考までに)

bijutsutecho.com

 

山姥と金太郎が描いてあって、まずそのモチーフ独特すぎるだろうと。背景も水色と黒の横縞模様でなんとも怪しげな雰囲気で、怪しいんだけど水色のせいでややポップな感じもして、この扇を持っている人は相当な変わり者だったんだろうなと思いました。わたしゃ、怪しくて持てない。

 

大きな絵の背景に扇のデザインが紛れ込んでいたり、デザイン・模様として「扇」が成立していったというのも、それだけ人気の道具でおしゃれな素材として広まっていたんだなと。屏風の中に扇がいっぱいあってそれぞれの扇の中に絵が描いてあって、、、と不思議な感覚になる絵も。

 

***

 

いわゆる大きな絵の展示で感じるダイナミックさ、というのは正直自分はあまり感じられませんでしたが、当時の人々の生活が垣間見えるのがクスッと笑えて、当時の文化が身近に感じられる、そんな展示でした。個人的には、アートというより歴史や文化・風俗の勉強になった、という感じだったかな。

 

扇の絵は細かい部分も多かったので、単眼鏡欲しいなと少し思いました。美術館に通っていると、けっこうマイ単眼鏡で凝視してる人いるんですよね。買ってもいいかもなぁ…。

 

もちろんアートとしてすごく楽しめる人もいるだろうし、楽しみ方は人それぞれということで。

 

2019年もいろいろ美術館巡りしたいぞ。

(前の記事の松濤美術館は2018年に行ったものなので、今回の扇の展示が2019年美術館初めでした。)

リトグラフとエッチングの違いを学んだ~終わりのむこうへ : 廃墟の美術史@松濤美術館

渋谷の松濤美術館で「終わりのむこうへ : 廃墟の美術史」という展示を見てきました。

終わりのむこうへ : 廃墟の美術史|松濤美術館

以下、HPより引用。

栄華や文明の痕跡を残しながら崩れ落ちようとする建造物や遺跡。「廃墟」は西洋美術のなかで、風景画の一角にくりかえし描かれていました。18世紀から19世紀にかけて、興味深いことにいわゆる廃墟趣味が流行すると、「廃墟」は絵画の主役の地位を確立していきます。(中略)なぜ人々は、流れる時間のなかで滅びた、またはいつか滅びてしまう、遠い昔のあるいは遠い未来の光景に、惹きつけられるのでしょう。
この展覧会では、西洋古典から現代日本までの廃墟・遺跡・都市をテーマとした作品を集め、これら「廃墟の美術史」をたどります。 

 

美術館はこじんまりしているし、誰もが知っている名画が日本にやってきた!という展示ではなかったのですが、たまたまこの「廃墟の美術史」のポスターを見かけて気になってしまい。あと松濤美術館は名前は知っていたのですが行ったことがなく。せっかくなので行くことにしました。

 

だって「廃墟」ってロマンがあるでしょう。そこに栄えていた何かが確実にあったのに、もうただのボロい遺構なんです。18世紀~19世紀のアーティストも、「ここには何があって、何が起きていたんだろうか」と想像しながら、幻想的な美しい絵を描いていたんだなと、ロマンはいつの時代も誰しも感じるのねと思いました。

 

廃墟のある風景を、夕陽をバックに美しく描いた作品もあれば、廃墟に想像でプラスアルファして、栄えていたであろう街道を蘇らせる絵も。廃墟に神話なども組み込んだ、とても抽象的な絵もありました。日本の作家による作品もありました。

 

展示の後半は現代の作家による作品も。国会議事堂がツタだらけの遺構になってしまう(まるでジャングルの中の寺院!)、人っ子一人いない渋谷の街など、「現代が廃墟になった姿」もユニークで面白かった。国会議事堂がツタだらけになっているのがナウシカみたいで。私たちの未来には国のハブ機能がどこかに移っていて、もしかして現代の中心地が人のたどり着かないマチュピチュみたいになる可能性だってあるわけだよ。面白いね。時間の感覚がちょっと歪みます。

 

美術館に行くとよく「リトグラフ」というものが出てきます。どうやら版画らしいというのはわかるのですが、違いがよくわからない。「エッチング」もそうですね。こっちは銅版画と補足されていることが多いですが、やっぱりよくわからない。

 

さっき調べてようやく、なんとなく、わかりました。

リトグラフってけっこうめんどくさいんだね…わかりやすい動画があったので貼っておきます。

www.youtube.com

 

これは銅版画のやり方動画。

www.youtube.com

 

油と水の違いを活かして特定の箇所のインクを入れる、溝を作ってインクを入れる。インクを入れる部分の作り方の違いなんだなとなんとなくわかりました。すごい面倒に見えるけれど、同じ絵を何枚もたくさん作ることができる、というのは、昔のアート業界ではかなり画期的な方法だったんだろうなぁ。

グーテンベルクによる活版印刷の発明は1445年ごろ。

一方でリトグラフの技術がヨーロッパに広がったのが19世紀ごろ。

文字を並べるのではなくて、一面の絵そのものをきれいに写す(しかも大量に!)というのはそうとう画期的だったんだなぁ。

 

脱線しましたが、版画の技術について学ぶことができたのでよかった。

 

廃墟ってやはり美しいよね。どうしても昔に思いを馳せてしまう。別に自分は歴史家でもないのに。同じ人間が数百年前にそこに生活していたんだ、というのが不思議な気持ちにさせられて。そりゃ絵にもしたくなりますね。展示には油絵とかもあったけれど、私はエッチングリトグラフの線画の美しさがすごく好きです。線で描かれるシンプルさ。

 

展示自体はこじんまりしていました。建物がやや小さかったからね。でも美術館の中心部がドーナツ状に吹き抜けになっていて、一階には噴水が。渡り廊下では噴水の音を聞きながら、空を見ることができます。冬の寒空の澄んだ空気にざーっと鳴り響く水の音がとても心地よかったです。小さな美術館ではあるけれど、建物のこだわりが随所に見られてとてもよかった。階段の照明ひとつひとつも影が綺麗に伸びて、素敵でした。

 

ワンコイン500円で見れるのもうれしい。もっと早く行っておけばよかったなぁ。

 

渋谷の文化村から神泉駅の方へ進んでいったところにあるので、やや住宅地エリア。静かな街並みに、こじゃれたカフェやバーがぽつぽつあるエリアなので、休日に人ごみをさけてゆっくりするにはいいところかもしれません。

 

とはいえ、リアルな廃墟もいきたいなーーーーーー

近況~宇多田ヒカル、人類五千年史、古事記、夢、ガイコツ書店員の本田さん、3月のライオン、サカナクション、茫漠、獏~

宇多田ヒカルのライブに行きました。最高でした。一曲目が『あなた』という曲で、冒頭でガツーンと来て一人で涙腺が崩壊した。生唄ってすごいね。感動するとしても泣くとは思っていなかったので、自分にびっくりしました。昔の懐かしい歌もたくさん歌ってくれて、とても嬉しかったです。感無量。

www.youtube.com

 

・読みたいと思って買ったはずの本が、なかなか手がつかずに積読になっていくのはなぜだろうか。「人間はやり始めないとやる気が出ない」らしいけれど、本を手に取ってページをめくるだけのことがなぜできないのか。出口先生の『人類五千年史Ⅱ』が出たからせっかく買ったのに、まだ開いてもいない。

www.chikumashobo.co.jp

 

・『人類五千年史Ⅰ』で紀元前のシュメール人の宗教観について書いてあって、特に印象的だったのが、体が不自由な人たちについて。シュメールの宗教では、人間は神様が土をこねて作ったそうだ。ただ、神様がお酒を飲んで酔っぱらっているときに土をこねて、ちょっと変にできあがってしまった人間、それが体が不自由な人、ということらしい。それはその人の罪ではなく、神様のうっかりミスなのだ。そういう人たちには、彼らにできる範囲の仕事が与えられて、特に差別もなかったという。おおらかな世界。

www.chikumashobo.co.jp

 

・前に買った『古事記』をちびちび読んでいるけれど、なかなか読み進まない。さくさく読めるものでもないからしょうがない。でもやっぱり面白い。浦島太郎の元ネタの話も出てきて驚いた。にしても、「『絶対に見ないでくださいね』と女が言ったら、男は絶対覗く」というエピソードの鉄板っぷりはなんなのだろうか。3回くらい出てきたような。

www.kadokawa.co.jp

 

・家にいるとたまに無性に寂しくなる。とし?

 

・印象的な夢を見たら手帳に書き残すということをたまにやっているけれど、どうしてこんなにくっきりはっきり覚えているのか、自分でもわからない。いっそ夢の中のほうがアクティブで堂々としていると思う。子供の時も夢をはっきり覚えている方で、小学校のときに見た一番怖い夢は今でも覚えている。目の前にぴょこぴょこ跳ねてきたカエルが、私の正面にきた瞬間に巨大化して口を開けてこっちに向かってくる夢だった。喰われそうだった。

 

・前よりも元気が出てきて、久々の人や、友人を介した初対面の人などとちょくちょく会っている。楽しくおしゃべりしてよい時間を過ごしたなぁと思っても、家に帰ってからものすごく疲れてしまう。知らない間に神経を使いすぎているんだと思う。そういう体質なんだと思って、一人の時間とのバランスをよく考えるようになった。そのくせどうでもいい話や連絡をしたかったりするせいで、こんなどうでもいい投稿を長々と書いている。

www.asukashinsha.co.jp

 

・無性に書きたい気分だから今日は長いぞ。

 

・高校生のころにガラケーのブログが流行って、毎日更新していた。パケ代がもったいないからと、メモ機能を使って帰りのバスの中でひたすらメモって、寝る前にブログを更新する、そんなことを毎日やっていた。友達は「誰かと遊んだ」とか日常を書いてることが多かったけど(自分もそういうことも書いてたけど)、当時も相変わらずシュールなことや暗いこと、よくわからないことをいっぱい書いていた気がする。ただただ書くのが楽しかったな。なんであんなに楽しかったんだろう?大学時代にはそれがmixiに移って、それもまたほぼ毎日書いてた。よくもまぁ飽きもせず笑

 

・冒頭に「最近は」って書いてるくせにほぼ昔語りになっている矛盾に気づく。

 

・前よりも湯船につかるようになった。お風呂にお湯をためる間に皿洗いをしたり服を片づけたりと、ちょっとした片づけをして、お風呂に入って、湯船につかる。そうするとなぜか風呂上がりにストレッチをしたくなる。シャワーだとそうはならないんだけど、不思議。ちょっと体が柔らかくなった気がする。大学の部活時代にやったインナーマッスルを鍛えるストレッチをやって、多少なりとも運動している気持ちになっている。ふっきんぷるぷる。

www6.nhk.or.jp

 

NHK朝ドラの『まんぷく』は、Instagramであらすじ漫画を公開している。短くまとまってて絵もかわいくて、本編をTVで見なくても内容は追っていける。そういうドラマの宣伝もあるのか、と感心した。だってつい毎日その漫画をチェックしているもので。

www.instagram.com

 

・そろそろこの投稿から離脱者が出るか。ガンガンいこうぜ。どこまでいけるか。

 

・実家の断捨離が進んで、懐かしいスーファミのゲームたちが売り払われたらしい。年の離れた兄2人とゲームをしてもどうしても足でまといで、なんとか参加させてもらえた聖剣伝説2のプリムが忘れられないよ、わたしゃ。槍使いだった。

www.jp.square-enix.com

 

・久々にニコ動のアプリを開いたら、『ガイコツ書店員の本田さん』というアニメの最新話が無料公開されていてつい見てしまった。もともとpixivで連載されていた漫画で、書店員の日常をコミカルに描いた漫画だ。好評を博して単行本化、そしてアニメにまで至るとは…。本屋業界の実情も知れてなかなか面白い。自分は確か単行本の段階で、本屋の試し読みで知ったんだったかな。ネットで人気になってからのコンテンツの進化スピードがますます速くなってる気がする。

gaikotsu-honda-anime.com

 

・ネタ切れしてきた。何書こう。

 

・先日母が東京に遊びに来た。足が痛いというので、あまり出歩かない程度にエンタメを、と思い映画を見た。『ジョニー・イングリッシュ アナログの逆襲』というスパイコメディ映画。とても笑えて楽しかった。ミスター・ビーンをやっていたローワン・アトキンソンが主演で、ハイテク機器を一切使わずアナログのやり方でスパイ活動をこなす、このちぐはぐ具合がたまらなく面白い。声を出して笑った。

johnnyenglish.jp

 

・最近毎朝のようにベーコンを焼いて食べている。塊のベーコンを買って、厚めに切って焼くのだ。目玉焼きもセットの日もある。パン一枚をもしゃもしゃ食べるよりは健康的な気がする。タンパク質ってやっぱ取ったほうがいいらしいよ(雑。

 

Instagramに投稿するようになって、この前初めてストーリー機能を使った。あれって、自分のストーリーを見た人が誰かわかるんだね。知らなかった。Instagramを開いてトップにストーリーが出るから、それをぱっぱと見るほうが、みんな楽よね。普通に投稿するよりも、おそらくストーリーの方が圧倒的に見られてると思う。Instagram開いたときにタイムラインはそこまで追いかけないし。あんまりみんな投稿してないよね、ストーリーメインって感じで。そのせいか、私のタイムラインはナショナルジオグラフィック率がすごく高くなりました。野生動物祭です。あとNASA

 

・今数えたらここまでで2652文字。原稿用紙6枚半。

 

・そういえば、自分が『ボヘミアン・ラプソディ』の映画を知ったのは、Instagramのストーリーの合間に入る広告だった。コンバージョンに貢献してた。あとなぜか最近エミレーツ航空の広告がすごく入るんだけど、なんで?西に行けというのか。天竺目指せっちゅうんか。

 

・今日唐突に「114÷2は?」と聞かれて「72…あ、違った57」と答えて少し焦った。14の存在感。偶数ってずるい。

 

・『3月のライオン』の14巻を買った。古参のファンにはたまらない演出!愛らしい猫の描き方。切ない家族愛。男の人の恋愛観。純粋な思春期。もー全体的にたまらんです。

www.hakusensha.co.jp

 

・筆の速度が落ちてきた。0:00には終わろうかな。何時から書いてるんだ。もはやスタートが思い出せない。自分でもこれだけ長いの久しぶりだぞ。

 

宇多田ヒカルまで行かなくとも、ハマったアーティストにサカナクションがある。大学の半引きこもり時代にCDを借りてiPodに入れて、散々聞いていた。リズムがかっこよくて、音の高低差もスカッとする感じがして、ずっと聴いていて飽きなかった。アルバムにあった『表参道26時』という曲がかっこよくて好きだった。「雨」に関する曲も多くて、しとしとした天気の日によく聞いていた。iPodを洗濯してぶっ壊してしまって、PCを買い替えた時にデータもどこかに行ってしまって、マイナーな曲はもうしばらく聴けていない。

www.uta-net.com

 

Youtubeでフルで聞ける曲も増えて、spotifyのようなサービスは使わずにいる。サカナクションも有名な曲はPVをフルで公開しているし、水曜日のカンパネラにハマったときはYoutubeで流しっぱなしにしていた。流行りの音楽がわからずに(というか興味がない)、自分が気になった曲や昔好きだった曲ばかり聞いている。そんな自分を思うと、音楽の流行を作りだしているのはやはり高校生とかかなり若い世代なのかな、と思う。自分はもう流行の下流にいるんだ。

 

・たまに茫漠とした気分になる。つまらない人間だなぁとか思う。「茫漠」を変換してくれなかったこのPC、このやろう。そういえば砂漠に行ってみたいなあ。

 

・獏という動物は人の夢を食べるというけれど、私の近くにいたら毎日和洋折衷フルコースを楽しめるんじゃないかしら。でも基本は悪い夢を食べるらしいから、私が見るような変な夢を見たら胃もたれするかもね。

 

・そんなこんなで日をまたいだ。終わりにしよう。今年もあとなんにち。

 

…と、ここまで書いたのは12/26(火)0:30のこと。

別のところに書いていたのものをコピペした上でHPのリンクなどを貼って、再度アップしました。

素直に綺麗で美しい~ロマンティック・ロシア@Bunkamura ザ・ミュージアム

渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで「ロマンティック・ロシア」という展示を見てきました。

www.bunkamura.co.jp

 

19世紀後半のロシアの作家によるロシアの絵。

ロシアの美術はあまり馴染みがなかったのですが、HPトップの女性の絵「忘れえぬ女(ひと)」がメインデザインになっているポスターをたまたま見て、一目で「この展示は行きたい!」と思いました。

だってあまりにもロマンティックな目線じゃないですか。憂いと美しさと。

公式HPを見ると、他にも美しい風景画や肖像画があるというし、Twitterを見るとそんなに混んでなさそうだし。というわけで行くことに。

 

展示の構成は春夏秋冬の風景画から。

何と言ったらいいか、とにかく全部繊細で美しいんです。雲の形、霧深い森、冬の樹氷、なぜかキラキラ輝いているように見えてくる。油絵の凹凸のせいでそう見えるのかなと思ったけれど。広大な大地を活かした絵がとても美しかったです。

「北の大地だな」と感じたのが、日差しの角度。緯度が高い地域だから、太陽がそんなに高く上らない。そのせいか、どの風景画でも日差しが傾いている、斜めから差し込んでいるような雰囲気がするんですね。絵の中に明るい光は目立たないけど、その分「木漏れ日」「水面」「雪」「雲」「霧」といった間接的に光る(反射する?)部分がきれいに映し出されているようで。大きい絵もあるし壮大な風景の絵もあったんだけど「どーん!」という感じじゃなくて。湖畔や道端にたたずむような静けさを感じました。

 

人物画のコーナーでは、カップルがボートの上で語り合っている絵や、男性が女性に言い寄っているワンシーンを切り取った絵も。言い寄っている一方でちょっと嫌そうな女性っていう関係性が面白かったな。肖像画だけでなくて、誰かと誰かが一緒にいるような絵、子供の絵もありました。どれもわざとらしくないのがよかった。「こういうシーンです」という説明的な絵ではなくて、日常を切り取った感じ。

あとはロシアの街や港、都会の風景も。

 

ここまで来て思ったのが、「宗教画が一個もない!」ということ。だいたいどの展示でもマリアやイエスの絵が1コーナーを占めるけれど、今回は全然なかった。リアリティしかなかった。そこも新鮮でした。個人的には、生活や風景を切り取った今回の絵は前提知識なしで率直に楽しめるもので、とてもよい展示でした。もちろん宗教画もきれいだし表現方法が面白いし見どころはたくさんあるけど、聖書に基づいた人物設定の知識がないと理解しきれないこともあるしね。

今回は率直に「きれいだわ」「うつくしいね」と感想を言える展示でした。

 

だって「忘れえぬ女」なんて正直誰だか知らないけど、思わず見入っちゃうよ。

 

展示を見終わってお土産コーナー。マトリョーシカがたくさん。チェブラーシカも限定商品があったみたい。

 

チケットの半券を持ってミュージアムすぐそばのカフェ「ドゥ マゴ パリ」へ。

ドゥ マゴ パリ | レストラン&ショップ | Bunkamura

 

今回の展示とコラボした「モスコミュール」があったので、半券を見せて100円引きで堪能しました。ホットが選べたので初めてホットモスコミュールにチャレンジ。寒い身体にじんわりとジンジャーが染み入りました。あとからウォッカがじわじわと。そんなにアルコールな感じがしなくて飲みやすかったです。

 

モスコミュールは「モスクワの騾馬(ラバ)」という意味だそう。ラバに蹴飛ばされたように効いてくる酒らしい。本場のモスクワではもっとウォッカがきついんだろうなぁ。

 

オランダの寓意的な絵や抽象的で不思議な絵を見ることがこのところ多かったので、純粋にきれいな絵を久々に堪能しました。これで日曜日で混雑していないのが驚き!穴場なのでぜひおすすめします。

朝起きる、目覚ましを止める、カーテンを開ける、窓を開ける、雨戸を開ける、窓を閉める、電気をつける、顔を洗う、顔を拭く、保湿クリームを塗る、TVをつける、お湯を沸かす、ベーコンを焼く、炬燵をつける、ベーコンを食べる、薬を飲む、天気予報を見る、歯を磨く、皿を洗う、水筒にお湯を入れる、水を入れる、トイレに行く、服を選ぶ、着替える、鏡を見る、メイクをする、炬燵を切る、TVを消す、戸締りする、サボテンを窓辺に移動する、靴を選ぶ、鏡を見る、電気を消す、ドアを開ける、ドアを閉める、鍵をかける。

ガチャガチャ図鑑①モア・メロン ~シリーズ「モアイ・ア・ラ・モード」より~

メロン、さくらんぼ、プリン、バナナ、リンゴ、バニラアイス、イチゴアイスの全7種。全て集めるとプリン・ア・ラ・モードならぬ「モアイ・ア・ラ・モード」ができあがる。1個200円。

LPが凝っている。「モアイだって、かわいくなりたい」という一文から始まるあらすじ(丁寧に "Ā la Suzi" と補足されている、ア・ラ・モード "Ā la mode" の世界を崩さない姿勢) 。あらすじを読むと、なぜか神様が現れる。なぜかその神様が、モアイの「かわいくなりたい」という願いを叶えてしまう。そしてまさかの「あら不思議!~(中略)~モアイたちはそれぞれの姿を見て、モアカワイイ~と大はしゃぎ。」。なぜア・ラ・モードになったのか。モアカワイイとは何なのか。あらすじの最後は「かわいいって、不思議ですね。」である。全てが不思議でしかない。

https://www.takaratomy-arts.co.jp/…/pandano…/moai/index.html

 

モアイらしい横一文字に結ばれた口元。彫りの深い目元。すっと通った鼻筋。他のア・ラ・モード達より比較的高さのあるモア・メロンは、よりモアイらしい縦長のフォルムに。ただ、後ろから見たらメロン。メロンの特徴である網目模様もきっちり再現。少しかすれ気味なところもよくできている。側面の果肉部分も黄緑色から黄色の見事なグラデーション。でも横から見るとモアイである。

ロンドンの大英博物館にはモアイ像がある。以前そこで実物を見たが、かなりの大きさだった。ガラスケースの中ではなく立った状態で展示されていたため、360°ぐるっと見ることができた。モアイの背中には丸い模様が描いてあった。あれはなんだったのだろうか。ちなみに、イースター島から大英博物館へモアイ像の返還要請が出ているようだ。未だに謎が多いモアイ像、どこへ運ばれていくのか。

イースター島では島内の部族抗争で「相手の守り神であるモアイを倒す」ということが頻発したそうで、かなりの数が倒されてしまったらしい(18世紀頃)。モアイを作るために木材を大量に消費し、人口爆発も相まって森林伐採などにもつながり、絶海の孤島は環境破壊が進み文明が廃れていったとのこと(諸説あり)。モアイから見るイースター島、奥が深い。いまだに作り方も作られた目的もよくわかっていないから、なおさら不思議。

ちなみに目玉があるモアイもあったそうだ。ただちょっと顔が怖くなるので、今の「ちょっと彫りが深いですね」というくらいの方がミステリアスでちょうどいい。メロンにしたってちょうどいい。