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ってかさぁ。

この接続詞の続きはたいてい役に立たない。

おいくつですか

なんだかいつまで経っても眠れないので、ちょいと書いてみる。

 

今夜は涼しい。エアコンのタイマーが切れたのにちっとも暑く感じない。少し鳥肌が立つくらいに涼しい。もしかして私の体がおかしいからかもしれないが。いや実際今日は涼しい。

 

***

 

年齢というものがどんどんわからなくなってきている。

「今何歳?」と聞かれて即答できなくなってきた。

昔は自分の歳がわからないなんてありえないと思っていたけれど、最近は一拍置かないと自分の歳がわからない。

 

今の自分の年齢というものがそれだけ意味を持たなくなっているのだと思う。

小学校や中学校、高校なんて、「学年」がみんな揃っていたから周りはみな同い年。学年がいっこ違うだけで、先輩はとてもとても大人っぽく見えたし、後輩は生意気に見えたものだ。

大学以降は年齢と学年が必ずしも同じとは限らず、自分の属するコミュニティにおいて年齢が急激に多様化する。そういう空間にいると今の自分と相手を比較するツールとして認識していた「年齢」というものがその役割を果たさなくなってきて、自分の中で「年齢」の持つ意味が小さくなってきたのだろう。「年齢」がいわゆる「キャリア」だった時期は義務教育+高校の間だけなのだと思う。

 

今の自分が何歳だろうがあまり今の状況に影響を与えない、という場合、人は年齢というものをあまり考えなくなるのだろう。

 

そうは言いつつも、誕生日を祝ってもらうのはとても嬉しいことだ、というのは、いついつまでも変わらないよね。