遠浅の好奇心

海・湖などで、岸から遠く沖の方まで水が浅いこと。そういう所。

コペルニクス的転回体験!:天文学と印刷@印刷博物館

印刷博物館で「天文学と印刷 新たな世界像を求めて」という展示を見てきました。

www.printing-museum.org

 

以下、HPより引用。

天動説から地動説(太陽中心説)への転換が起こるきっかけとなった『天球の回転について』。著者であるコペルニクスの名は知られている一方、本書の印刷者を知る人は少ないのかもしれません。15世紀のヨーロッパに登場した活版および図版印刷は、新たな世界像を再構築していく上で大きな役割を果たしました。学者と印刷者は共同で出版を行うのみならず、学者の中には自ら印刷工房を主宰した人物も存在します。本展では学問の発展に果たした印刷者の活躍を、天文学を中心に紹介します。 

 

そう、この展示の主人公は「印刷者」です。

印刷する人というと、「工場の下っ端の人」「技術者」みたいな印象を抱きますが、この展示を見てから「プロフェッショナル」だなと考えなおしました。

 

世界史の教科書では「グーテンベルク活版印刷を発明しました」のたった一行で終わりなことが多い「印刷」という発明。この展示はたっぷり3時間楽しみました。

 

展示物のメインはもちろん出版物。地図、人体の図形、天文学の本、幾何学、植物図鑑、とにかくいろいろ。それぞれに解説がしっかり書いてあって、このページは何を表しているのか、何が画期的だったのか、展示一つ一つがとても丁寧でした。

 

展示の全体の軸はタイトルの通り「天文学」。天動説から地動説への移り変わりがメインです。ただ、移り変わりにもいろんな理論を唱えた人がいて、それぞれどんな理論だったか、図解してわかりやすく解説してありました。

 

最初のスタートであるアリストテレスの四元素の理論は、ぼんやりは知っていたけど改めて理解できて勉強になりました。

四元素 - Wikipedia

 

実際にそれで世界を説明する(意地悪な言い方をすると「こじつける」)ことができて、多くの人がそれを支持していたと。そこにまた天動説でも微妙に違う理論を唱えるひとがいたり、地動説に近いんだけどやっぱり地球が中心の天動説を唱える人がいたり、現代のいわゆる地動説を唱える人がいたりと、多くの人の研究を通じて今の地動説が成り立っていったことがよくわかりました。

 

そこに「印刷者」という人たちが関わっていた、というのがまた発見で。展示の第二部がそのあたりの説明で、今回のメインどころでした。地動説でおなじみのコペルニクスがいかにして『天体の回転について』を出版したか。TBS日曜劇場並みの人間ドラマがそこにはあった…!

 

まずコペルニクス自身はそもそも自分の地動説の理論を出版するつもりはなかったと。でも情報網というのはあるもので、「コペルニクスという人の理論は『地球が動く』という面白い説らしい」という情報を仕入れたゲオルク・レティクスという人が、「こいつぁすげえ!」と、もうおじいさんだったコペルニクスに弟子入り。「絶対出版したほうがいいよ!」と激推し。当時、優秀な印刷者がたくさんいたとされるドイツのニュルンベルクの印刷所でとうとう『天体の回転について』印刷、出版。

ポーランドにいたコペルニクスがわざわざ遠い印刷所を使うということはよっぽどそこの技術力が高かったということ。印刷者はただ刷るだけではなくて、校正もする、図面がちゃんと印刷できるように版を考える、そもそもこの図面で言いたいことが伝わるのか?ということまで考える編集者のようなことまでしていたそうな。印刷者自身で天文学を研究する人まで出てきて、ニュルンベルクには印刷者兼天文学者、なんて人もいたとか。学問をやりたい、思ったように自分の本を出版したいから印刷技術も身につけたい、という感覚かしら(逆もいたと思うけど、印刷から学問とか)。そんなわけでニュルンベルクには天文学に造詣の深い印刷技術者が多くいたので、わざわざそこで印刷する、という選択があった、ということでした。複雑な図面を刷るのは技術力がないとできないことだし。

コペルニクスからレティクスを通じて印刷技術者へつながっていく人脈も図解されていて、面白かった!優秀な人が優秀な人につながっていく、出版したいという情熱が伝わっていったルートが見えるようで面白かったです。国境を超えて人がつながって、世の中をひっくり返す本が出てしまったのだから。

だって天文学って占い、宗教、政治、いろんなものに影響を与えていたわけで。世の中のルールが変わってしまうような話で。物事の見方が180度変わってしまう事を「コペルニクス的転回」なんて言いますが、まさにそういう状況だったわけですね。

 

もう一人、面白かった人がティコ・ブラーエ。17世紀、デンマーク天文学者。なんとこの人、島をまるごと天文学の観測所にしてしまった人。しかもその島に印刷所も併設!天文学の研究をすぐさま本にして出すことができる環境を作ってしまった。そして膨大な量の観測データを残したそうです。どれだけ星を見ても飽きない、謎が解きたくてたまらない人だったんだろうか。

 

自画像で有名な画家、アルブレヒト・デューラーも印刷技術者だったそう。天文学の挿絵も描いていたらしい。ニュルンベルクにもいたとか。

デューラーの自画像はぜひEテレの番組「びじゅチューン」の一曲『1500年のオーディション』からチェックいただきたい笑

www.nhk.or.jp

 

第三部では印刷技術の発展と医学、地理学、建築、植物学など、天文学とはまた違う分野にも大きな影響があったよ、という展示。どんどん挿絵が細かく繊細になっていって、動植物図鑑はどうやって印刷したんだ、という細かさ…

 

第四部ではコペルニクスの理論を発展させていくいろんな学者の本の展示。それぞれいろんな理論があって面白いねー。正四面体、正八面体、正十二面体、と積み重ねることで各惑星の公転軌道を表す図があって、もはや美しさを感じました。数学的というか。とにかく挿絵がわかりやすさだけじゃなくて綺麗、絵みたいな美しさ。印刷技術者のこだわりが現れたんでしょうね。HPの「展示物および展示風景」のimage3がまさにそれです。ぜひ見てみて。

www.printing-museum.org

 

第五部は日本の話。海外の理論を取り入れて、江戸時代に暦を作り変えるミッションを請け負った人の苦労が見えた。でもこの辺で正直集中力が切れてきて(今まで必死に解説と図面を読んできたものだから)、少し流し見してしまいました…すみません…。

 

企画展のフロアが終わると常設展フロアに。印刷の成り立ち、江戸時代の版画がどうやって刷られたか、活版印刷の仕組み、フォントの違い、版画の種類の違いの解説、現代の印刷技術などなど、体験もできるわかりやすい展示。その一方で、昔のポスターがおしゃれに飾られていて(まるで昔のパリの街並み)、現代アートも飾られていて、いろんな楽しみ方ができるので、常設展としてはよい作りだなぁと思いました。この前の「廃墟の美術史@松濤美術館」に行ったときに改めてエッチングリトグラフの違いを調べたけど(

http://habitaso.hatenablog.com/entry/2019/01/07/210928

、今回の常設展にわかりやすい比較展示があったので一気に理解できました。

 

印刷博物館、正直3時間も滞在するとは思わなんだ。ポスターのデザインが素敵だなぁというくらいで気になった展示だったけど、行ってよかったです、本当に。技術面でも文化面でも解説がしっかりしていて勉強になったし、展示物の美しさもアート的に鑑賞できたし。最終日に滑り込んで正解でした。

 

このブログをここまで読んで「もう展示終わってんのかい!」という感じになってしまうけど、楽しかったから書きたかったんです、勘弁してつかぁさい。