ってかさぁ。

この接続詞の続きはたいてい役に立たないけど、でも言いたくなることを書きためるブログです。

雨みたいに気まぐれな本音と建前

降ってるか降ってないか、よくわからない霧雨である。ビニール傘を「ぼすっ」と差すと、音もなく小さな無数の水滴が張り付く。あっという間にビニールは白っぽくなって、傘を通した視界は点々模様に埋まっていく。ようやく「けっこう降ってるな」と思う。

***

GW前に駅の階段で転んでからずっと、左足の親指が痛い。日常生活は問題ないが、ぎゅっと曲げたりぐいっと反ったりするとちょっと痛い。ずっと違和感があるので整形外科でリハビリを始めた。どうやら、変に庇って歩いたことで足の筋肉が落ちてしまい、可動域が狭まっている、扁平足気味になっているとのこと。足の指をグーパーグーパーして筋肉をつけるといった筋トレが必要で、アドバイスを受けてからはしょっちゅう足をぐいぐいと動かしている。

***

「こうすると痛いですか?」と聞かれても答えに窮する。正直、激痛はないけど、違和感がある程度なのだ。動かしているうちに慣れてもきて、痛いのか伸びて気持ちいいのかよくわからなくなってくる。リハビリを担当する理学療法士さんからすれば、患者の意見がないとリハビリ方針も立てられないわけで、「痛い気もします」「違和感はあります」といったふわっとしたことを言われても困るだろう。そんな先方の気持ちはわかるけど、中途半端に治りかけのせいか自分の足の感覚すらよくわからないからしょうがない。おまけに今日はリハビリの時間を1時間勘違いして遅刻してしまった。つくづく申し訳ない。

***

本音と建前は、たまにどっちがどっちだか自分でもわからなくなる。本音を隠し持ったまま綺麗な建前を作り上げる人もいる。それは自分で本音と建前の区別がきちんとついているからできることだ。自分がどうしたいかわからなくて、でも多分周りにはこう見せた方がいいと感じてはいて、そういうことをしていると本音と建前がぐちゃぐちゃになる。周りから見えている自分を優先すべきとも感じ、でもその「自分」は建前だから本音じゃないよな?とも感じ。

***

「足が痛いです」は本音なのだろうか。それとも、リハビリをスムーズに進めるための建前なのだろうか。正直自分のさじ加減で、「痛い」ことにもできるし「痛くない」ことにもできる。治したい気持ちが強ければ「痛い」ことにして具体的なリハビリ方針を貰った方がいい。でもそれは嘘ではないのか?こんなところで顔を出さなくていい良心らしき奴がひそひそ囁いてくる。

***

サカナクションには雨の曲が多い。中でも、『Ame(A)』はかっこよくて好き(マイナーだけど)。『あめふら』『雨は気まぐれ』なと他にも何曲かあるが、どの歌詞にも「嘘」や「気まぐれ」「心変わり」のような言葉が出てくる。そしてだいたい、夕暮れ〜夜の話である。

心に雨 にじむ僕の白い一直線
嘘がほら夜の海のよう
揺れる揺れる正しい言葉
(あめふら)

きっと僕が何も言えないのは この雨のせいで
雲が晴れる前に言い訳しておくんだ
(Ame(A))

雨は気まぐれな僕のようで、僕そのもののようだ
(雨は気まぐれ)

雨が降る夜に、車のヘッドライトに照らされた雨が見える。蛍光灯に照らされた雨が見える。確かにどんな弱い雨だろうとそれは白い線を描いていて、気まぐれで嘘っぽい感じがする。だってそもそも雨って白くないでしょう。

***

ザーザーやらポツポツやら音はするけれど、傘を差すも差さぬも自分がどのくらい濡れていいかのさじ加減である。傘を差してみたら「けっこう降ってるじゃん」と気付いて、でもそれは気づかなくてもいいことで。本音を強く持ち続ける(認識し続ける)ことなんて大抵できなくて、強くなったり弱くなったりする雨みたいに気まぐれで困ったものなのです。自分のことは自分が一番わからないことを知っている。

***

足が痛いと言いつつヒールのあるサンダルを履く。ピンヒールじゃないから大丈夫だ。スニーカーに雨がじわじわ染みるより、素足に雨がかかる方が自分は気楽だ。このぐらいの雨だったら。

ありそうな世界を創って遊ぼう〜ショーン・タンの世界展@ちひろ美術館〜

ちひろ美術館で、「ショーン・タンの世界展」を見てきました(と言うのは2回目)。

www.artkarte.art

 

1回目は、ちひろ美術館について語って終了してしまいました。

habitaso.hatenablog.com

 

今回はようやくショーンさんの展示についてです。以下、HPより引用。

ショーン・タンは、約5年におよぶ制作期間を経て、2006年に移民をテーマにしたグラフィック・ノベル『アライバル』を発表しました。テキストを使わずに緻密にイメージを組み立ててつくり上げたこの物語は、すぐさま国境を越えて世界中の人々を驚かせました。本展は、タンの全面的な協力のもとに開催される日本初の大規模な個展です。彼が最初に絵と文を手がけた絵本『ロスト・シング』から最新作までの原画と習作のほか、スケッチ、映像作品、変な生き物をかたどった立体作品も含め約130点の作品を展示し、彼がつくる奇妙で懐かしい世界をたっぷり紹介します。

 

ショーンさんのことは知りませんでした。絵本もそんなに読まないし。ほぼ日で毎日更新される糸井重里さんのコラムで「『ショーン・タンの世界展』がすごくよかった」と書いてあって、それで知りました。ほぼ日には弱いんです笑

それで公式HPを見てみたら、不思議な鉛筆モノクロの世界。私の好きなタイプ。自分はヒエロニムス・ボスのシュールで不思議な絵が好きなのですが、それに近いものを感じてさらに興味がわきました。

f:id:habitaso:20190622110158j:image

 

企画展のHPとは別に、ちひろ美術館のHP内にも紹介ページがあります。こちらも具体的なエピソードや説明が詳しいので読んでみるとよいかと。

chihiro.jp

 

美術館の2F、1Fの部屋1つずつに絵の原画、実際の絵本、映像作品など幅広く展示。狭いながらもしっかり楽しめます。

 

まず2Fから。最新作『内なる町から来た話』の大きな絵。透明な魚を抱える少年の絵が綺麗だった。作者の飼っているインコ(オウム?)の大きな頭がダイナミックな絵も。どれもビビットではなく優しい色合いです。

見たことのない街、だけどどこかにありそうな世界、そんなイメージをかきたてるように感じます。それぞれの絵の背景やコンセプト、あらすじが添えてあるので、想像が膨らんで見てて楽しかった。説明抜きに素敵な絵ももちろんあるけど、作り込んだ設定を聞いた上でイメージする楽しみ方もワクワクするよね。

 

作者が世界各地を描いた小さな油絵も多数。油絵って古い町並みを描くイメージが強いので、その辺にありそうなスーパーやお店、カフェが油絵のタッチで描いてあるのが新鮮でした。そうよね、油絵=古いってわけじゃないよね、と再発見。

 

あとは『アライバル』の原画やスケッチなど。絵本自体読んだことはないですが、展示される原画を見るだけで「いい!」と感じる。漫画のようなコマ割りで少しずつ話が進んでいく、感情が動いていく。セリフが一切無いのにそれが伝わる。移民がテーマなので、登場人物の辛い境遇も伝わってくる。だけど、不思議な乗り物や生き物がたくさん出てくる世界観、急に主人公の暮らしに入り込んでくる愛らしい生き物、そのおかげか希望を感じることができます。でも、人間を超える圧倒的な権力も描かれて恐怖をかきたてる。

作品を作る過程がユニークでした。自分の写真を撮って構図を考え、その写真に線を入れて書き換える、というリアルと想像が入り混じった作り方。移民の実際の写真をコラージュして絵を作り、リアルな材料から想像を作る。全くゼロからの想像ではなく、ある程度事実を入れ込むことで、感情移入や想像がしやすくなるのかなと思いました。

 

続いて1F。

ショーンさんのアトリエが再現されています。落書きのようなメモが目の前の壁にたくさん貼ってある。座ってすぐに目のつくところに、思いついたイメージが溢れていかないように、雑だけど大事にキープされているように感じました。雑然としてるけど楽しさと愛が伝わる。

 

ほか、『ロスト・シング』のアニメを上映。原画や立体作品も展示。あらすじは、浜辺で迷子になっている変なロボのような生き物と主人公が仲良くなり、その迷子をどうしよう…という展開。この「迷子」が見た目怪しいんだけど動きが可愛らしい!アニメは絵本を元に作成されたのですが、絵本の世界観そのままに不思議な生き物や町並みが創られていて見入ってしまった。

 

『エリック』『遠い町から来た話』など他にも多くの作品が。原画だけでなく絵本そのものも読めるように置いてあります。原画で気になった『セミ』は思わず絵本を読んでしまった。サラリーマンのセミの物語。セミがスーツ着て働いてるんです。主人公のセミは立体作品として展示されていて、立ち姿が切なさ満載で「うあああ仕事頑張ってるのかお前は!」と励ましたくなりました。絵本も途中読んでて辛かった。結果良い方向に行きましたが(感想はたぶん人それぞれ)。

 

全体的にとても楽しかったです。わくわくした。絵本は大人になって読む機会が減りましたが、大人でも全然楽しめる。ここではないどこかに思いを馳せるワクワク感は、いくつになってもできるんだ。ということを思い出させてくれました。

と同時に、「こうだったらいいのに」とかの想像を楽しく膨らませて誰かに話す、ということを、大人ももっと遊びとしてやったらいいのに、と思いました。子供ってそういうことするじゃない。大人になったら、そういうのはクリエイターや作家のすることと思ってやらなくなっているのでは。イメージや想像でもっと遊ぼうよ。子供よりたくさん物事を知っている大人だからこそ、創り出せる世界はもっと広がっているはず。

住宅街にこじんまりと、絵本に革命を起こした人の家~ちひろ美術館~

ちひろ美術館で、「ショーン・タンの世界展」を見てきました。

www.artkarte.art

 

と言いつつ、この記事は初訪問のちひろ美術館がメインです(書いてたら長くなっちゃった)。ショーンさんについては以下の記事で。

habitaso.hatenablog.com

 

 

ちひろ美術館は初訪問でした。「いわさきちひろ」といえば国語の教科書、名前も画風も知っています。でも美術館があるとは知らなかった。絵本に特化した美術館というのも珍しい。東京と安曇野の二か所にあるとのこと。東京は荻窪の少し北にある下石神井いわさきちひろが暮らしていた家の跡に建てたそうです。安曇野の方は、いわさきちひろの両親の移住先が安曇野だったという由来で。ちひろ美術館自体への興味もあり、行ってみることに。

 

自分は荻窪駅からバスに乗り、最寄りのバス停から歩いて行きました。電車では西武新宿線上井草駅が最寄りです。それにしても住宅街の真ん中にあるので、美術館の立地としてはユニーク。電車でもバスでもやや歩くので気を付けましょう。

 

大通り沿いに木が茂った場所があるなと思ったら、ちひろ美術館が現れます。

f:id:habitaso:20190618000311j:image

 

建物はこじんまり。中庭がある2階建、展示室が4つ。2つはいわさきちひろに関する常設展、もう2つは企画展、という使い方。1階と2階に常設展と企画展が1つずつある。仮に「1階は常設展、2階は企画展」とくっきり分けてしまうと「どちらかしか行かない」ということもあるので、バラバラにしたのは正解だなぁと思いました。

f:id:habitaso:20190618000324j:image

 

カフェや図書室、子供たちが絵本を読む部屋、お土産コーナーなど、ぎゅぎゅっと詰まっていました。カフェは狭いけれど、目の前に中庭の芝生とブロンズ像が見えて、狭いながらも目に優しく落ち着ける空間になっています。

f:id:habitaso:20190618000331j:image

 

ちひろ美術館のHPでいわさきちひろの人生やプロフィールを読み直していたら、旦那さんが自殺したり、戦時中は中国に行ったり、東京では空襲に遭ったり、戦後は共産党に入ったりなど、かなり怒涛の人生…。絵本作家として働きながらその後結婚した夫を支え、家族の介護をし、子育てをし、かなり忙しい女性(母親)だったんだなぁと。そんな多忙な中でたくさんの作品を生み出し続けるだけでなく、絵本作家の著作権について意見を発するなどアクティブな女性でびっくりです。絵本というジャンルに革命を起こしたんだとようやく実感しました。

 

常設展にはいわさきちひろの絵や、当時出版された古い本が置いてあります。水彩画のあの懐かしいテイストの絵が多く飾られていました。絵本のワンシーンを切り取るように、展示された絵とセットの文章も添えられていて、いろんな絵本を少しずつアラカルトで楽しむことができます。

 

ひさの星』という作品が展示されていましたが、お話自体が悲しすぎる上に絵が切なさを倍増させていて、「大人が読んでもつらいぞ」と思わず言いたくなるほど印象的でした。不思議なことに、悲しいけど美しいんだよね。だから印象に残るのかな。美談ではないはずなんだけど(このあたりの感想はたぶん人によりますが)。

 

別の展示室にはいわさきちひろのアトリエが再現されていました。本棚にぎっしり詰まったアンデルセンや歴史の本なども当時のテイスト。机の上には水彩絵の具やキャンバスなど仕事道具。応接用のソファがモダンなデザインで素敵でした。ドアの近くの棚には小さな民芸品が飾られていて、少しのスペースでも彩ろうとするかわいらしさが伝わってくる。

 

ブログを書くにあたりHPを見直したところ、しっかり情報量のあるHPで「おお!」と思いました。作品一覧ページで絵をたくさん見ることができます。自分の人生でのいわさきちひろとの出会いが思い出せない…気づけば知っていた、という感じです。それだけ絵が印象的なんだな。あのつぶらな瞳が特に心に残ります。漫画みたいな顔ではなく、でも子供らしさもあって、まっすぐこちらを見つめてくる目。絵自体は滲んだ水彩で「ふんわり」していますが、目はしっかりしてるなぁと思います。

 

姪っ子ができてから、たまに絵本をあげています。でも自分のために絵本を読んだのはとても久しぶりでした。絵本というジャンルのアートをしっかり堪能したのも初めて。 ファミリーもたくさん訪れていて、いつも行く美術館とは異なる楽しみ方ができました。また行きたいなと思える素敵な空間。実際に作者が暮らしていた土地、というのも鑑賞の仕方、作品の感じ方に少なからず影響を与えているように感じます。感情移入しやすいというか。

 

大人になった自分のために、絵本を買ってみようか。

親戚が亡くなって感じたこと

少し前の話。

 

祖母が亡くなった。葬儀のために、上野駅16番線ホーム発の常磐線特急に乗る。上野東京ラインが開通してから、帰省の際は品川発の特急を使うことが多かった。今回は時間の都合から上野発の特急に乗ったが、昔から変わらず薄暗いホームである。出勤時間帯ということもあり、多くの人が常磐線普通列車から降りてくる。

 

***

 

自分は親戚づきあいが苦手な子供だった。愛想がなく、自分から話すこともそんなになかった。母方の祖母の家は実家から車で30分、毎年盆と正月に挨拶に行った。それ以外でも行くことはあったが、盆と正月参りの印象が強い。年の近い従兄弟もおらず、大人たちが交わす「どこそこの誰々が何々をした」という、自分にはよくわからない世間話をBGMに、時間が過ぎるのをただ待っている子供だった。なかなか自分から話さないから、「はびたそちゃんは学校はどうなの?」「はびたそちゃんは風邪ひいてない?」と話しかけられることが常だった。自分から積極的に「こんなことがあってね」と「聞いて聞いて」な無邪気さのない冷めた子供だったので、「勉強はそこそこ頑張ってるよ」「風邪はひいてないよ」などとそこそこな返事をしてばかりだった。

 

***

 

祖母や親戚が嫌いなわけではなかった。ただ、会う機会が少ないことや、会いに行けば大人のコミュニティに放り込まれることもあり、ちゃんとしないといけない相手、親戚社交界の出来事、という他人行儀な気持ちになってしまうのだ。無邪気に甘える相手でもない気がするし、無愛想すぎても変だし、いつもどうしていいかよくわからなかった。そのせいか「はびたそちゃんは大人しいね」と思われていたようである。

 

***

 

祖母との思い出が蘇る。七歳の七五三で着物を作ってくれると言って「何色がいい?」と聞かれ、間髪入れずに「紫!」と答えたとき、「紫??」と当惑されたこととか。お喋りすることも、よたよたと急須を傾けてお茶を淹れてくれることも、銀歯を見せてにこにこ笑うことも、もうない。

 

***

 

この世から消えたいと思ったことがある。自分は能無しで穀潰しで、存在自体が迷惑だからいっそいなくなってしまいたい、と思ったことがある。でも、祖母は本当にいなくなってしまった。人間は何かを食べて消費してエネルギーを燃やしている生き物だが、祖母の身体はもう何も循環していない。いくら「消えたい」とほざいたとしても、自分は今もエネルギーを燃やして生きて存在しているのだ。

 

***

 

悲しさや寂しさに暮れるよりも、現実感がないせいかぼーっとしてしまう。曇天の窓を見上げながら、生きるとか死ぬとか、子供の頃の思い出とか、ぱらぱらと車窓に流れて行く。駅のホームで買ったコーヒーが冷めてようやく飲み頃になった。車窓では水の張った田圃が白い曇り空を映している。

高さは風で感じようぜ~東京タワー~

ひさーーーしぶりに東京タワーに上りました。

今やスカイツリーの方が高いし、展望台も新しいし。東京タワーにわざわざ行く機会もあまりないです。でも東京タワーの赤い姿は美しいよね。ブラタモリタモリが言ってました、「東京タワーは『踏ん張ってる』のがいいね」と。おっしゃる通り。足がしっかり地面に伸びている姿がとても良いです。

 

前に行ったのはもう思い出せないくらい前です。小さい頃に上ったかな?というくらい。せっかく行くことになったのでいろいろ調べました。すると、今は東京タワーの外側の階段が上れることがわかりました。外の風を肌に感じながら塔を上るっていいじゃないですか。以下、HPより。

東京タワーでは、土・日・祝日限り150mメインデッキ(大展望台)への「昇り階段」を開放しています。
東京タワーの「昇り階段」はフットタウン屋上からメインデッキまで続く約600段の外階段で、景色を眺めながら、そして風に吹かれながら、東京タワーを昇ることができる特別なコースです。

www.tokyotower.co.jp

 

さて実際に行きました。階段で昇るコースはフットタウンの屋上からだったので、タワーへの階段入口に専用チケット窓口があるのかなと思いきや、チケットは1Fで買うらしいです。1Fに引き返してトップデッキツアーのチケット(高い展望台まで上がれるチケット:2,800円)を購入し、また屋上へ。すると「トップデッキツアーのチケットでは階段は昇れないんです」とスタッフさんに言われる。どういうこと…。

結局階段チャレンジはできませんでした。どうやら、低い方のメインデッキまで行けるチケット(900円)を買った人に、階段を昇る権利があるようです。トップデッキツアーでもメインデッキは通るので階段使ってもいいような気がするが、チケットのオペレーションが大変なんですかね…

 

でも下りで階段が使えるということがわかった。ので、下りるときに階段を使うことにして、エレベーターで昇りました。

 

その前に、チケットカウンターは少し並びました。東京タワーがはとバスのコースになっているからか、海外観光客がすごいたくさん。こんなこと言ったら東京タワーには悪いけど、「スカイツリーができてから少しお客さん減ったんじゃないか」と思っていたので少し意外でした。

 

トップデッキツアーは案内される時間が決まっていて、チケット購入時に指定された時間になってからエレベーターへ。そこで案内アプリが入ったスマホを渡される。多言語対応とか、どっちの方角に何が見えるか解説するようなソフトでした。

スタッフのお姉さんに「みなさん合言葉はWIO(うぃお)ですよ~ せーの、WIO~!」と声をかけられ恥ずかし気に「うぃお~」と言いながらエレベーターへ(なんで「WIO」なのかは忘れた)。

 

なんだかこんな感じだったっけ?すごいいろいろ変わったなと思ったら、2018年3月3日にリニューアルしたそうで(今知った)。HPも特設サイトができていました。

tdt.tokyotower.co.jp

 

そしてまず150mのメインデッキへ。最近は高層ビルも多いせいか、「まぁちょっと高いか」という感じ笑。東京タワーからの眺めも、同じくらいの高さのビルとにらめっこしているような状態です。まぁそれも愛らしいけど。

そこからトップデッキに上がるエレベーターへ。ここがいろいろ工夫されていて、エレベーターを待つスペースに仕掛けが施されていました。

まずプロジェクションマッピングのように、壁に東京の街並みを写す演出。エレベーターを待つスペースが「映え」をすごく意識してます。

その後に「シークレットライブラリー」という部屋へ。図書館のように作ってあって、壁には東京タワーを設立した2名の絵画が。するとスタッフさんの合図のあとに、その絵の顔が動いて喋りだした。なかなかリアルにぐにぐに動いて、面白かったです。その会話が終わるとエレベーターへ。

 

トップデッキに行くにはエレベーターの乗り換えが必要なのですが、2つ目のエレベーターを待つスペースに「くつろいでもらおう」というホスピタリティが現れていました。なんとジュースがもらえる。HPには「くつろぎの空間『プラットフォーム』」と書かれています。そしてペッパーくんに見守られながらトップデッキへのエレベーターへ。(ペッパーくん久々に見た、めっちゃ踊ってた笑)

 

やっと250mのトップデッキ。こんなに狭かったっけ?という感じ。先日スカイツリーに行ったので、余計そう感じてしまったかしら。でも「未来」をテーマにしているそうで、キラキラした飾りが壁中を覆っていて、近未来的なデザインになっていてビックリしました。昔はもっと質素な雰囲気だった気がするのだが。

 

そしてエレベーターでまたメインデッキに戻る。メインデッキから階段でフットタウンへ。ようやく今回メインの目的だった階段です。下りはやっぱり楽で、ひょいひょいと進むことができました。途中の踊り場から外の景色の写真を撮って、風を浴びていい気分。

f:id:habitaso:20190604232315j:image

東京タワーの赤い鉄骨の隙間から見る景色もよいものです。より東京タワーの武骨さに近づけるというか、鉄骨萌え的な何かというか、「地面に踏ん張って立っているんだな」という実感を得ながら景色を堪能。ガラス越しに外を見るのとはやっぱり違う。

f:id:habitaso:20190604232321j:image

他のお客さんも下りの人が多い印象でした。ちらほらすれ違う上りのお客さんもいましたが。

あっという間にフットタウンに着いて終了。

f:id:habitaso:20190604232328j:image

1Fエレベーター乗り場の近くにはちょっとした展示スペースがあって、東京タワーの歴史を知ることができます。建設当時の青写真や、建築前のデザインデッサンがあった。東京タワーの別デザイン案のデッサンもあって、「もしかしたらもっとバランスが変なタワーになっていたのか」という発見もあって面白かった。いや、たぶんあのデッサン通りだと物理的に建設できなかったのでは…(気になる人は現地で見てください)。

 

久々の東京タワー、楽しかったです。中学生が大好きな独特なダサさのあるキーホルダーが大量に売ってるとか、「東京」って書いてあるグッズのはんぱない種類の幅とか、お土産売り場のイケてない感じが修学旅行を思い出して楽しかった。

 

東京タワーはリニューアルを経て新しさを出そうとしている一方で、「昔からの観光地」という長年身に着けていた雰囲気を捨て去らない、その両面を持っているなぁと気づいてちょっとエモかった。アイデンティティ揺らいでる。新しくなりたいけど昔ながら持っているものも捨てがたい!みたいな。そのあたりの葛藤が、スカイツリーとは違うところです。

 

いやあ、高いところってやっぱり楽しいすね。他にもタワーを制しようか。できれば外の風を感じれるやつで。

シュールもりもりを卓球で〆る~ユーモアてん。/SENSE OF HUMOR@21_21 DESIGN SIGHT~

21_21 DESIGN SIGHTで、企画展「ユーモアてん。/SENSE OF HUMOR 」を見てきました。

www.2121designsight.jp

 

以下、HPより引用。

展覧会ディレクターには、アートディレクターとして時代を牽引し続ける浅葉克己を迎えます。

世界中を旅しながら、各地で様々な人々やモノたちに出会ってきた浅葉にとって、「ユーモア」とは、コミュニケーションにおける最も大切な感性のひとつです。
本展では、グラフィックデザインを通して人々を楽しませ続けてきた浅葉が国内外から集め、その活動のインスピレーションのもととなっている資料やファウンド・オブジェとともに、浅葉がそのセンスにおいてユーモアのシンパシーを感じているデザイナーやアーティストの作品を一堂に集めます。

 

展示を見に行ったのはGWだったのでかなり前ですが、6月いっぱいまでやってるし、なかなか刺激的で面白かったので投稿することにします。もっとすぐに書けばよかったな。このところなんだかブログをサボってしまったので記憶がフレッシュじゃない…やはりはっきり覚えているうちに書くものですね。

 

何が展示されてるの?と言っても一言で説明が難しい笑。とにかくユーモア。HPに載っている作品をチラっと見ればもうわかるでしょう。

www.2121designsight.jp

 

変な写真をたくさん撮ったのでアップします。見た方が早いw 

f:id:habitaso:20190603234749j:image

▲卓球する聖なる人(なのか?)。 

 

f:id:habitaso:20190603234756j:image

▲ランチ帰りみたい。

 

f:id:habitaso:20190603234800j:image

▲よくわからないけど色合いがかわいくて好き。こういうのがいっぱい並んでた。

 

f:id:habitaso:20190603234815j:image

▲なんだかムニムニしたもの。

 

f:id:habitaso:20190603234822j:image

▲いろんなリンゴ。

 

f:id:habitaso:20190603234829j:image

▲「GHOST TOWN」の後ろに「PEOPLE HAVE THE POWER」は矛盾している気がするがどうだろうか。

 

広い空間にシュールなユーモアがひしめきあっていました。映像作品もいくつかありましたが、白い紙に両側から風を当てることで紙を垂直に立たせるだけの動画とか、ずっと見つめていたら気が狂いそうなものばかりでした(褒めてる)。

 

イラストみたいなかわいい文字、トンパ文字も展示。世界記録遺産になってる文字。

ja.wikipedia.org

 

立石大河亞という人の絵はかっこよくて、かつだまし絵みたいで面白かった。名前もいいよね。※HPに作品の画像があります。

 

段ボールで有名な日比野克彦さんの大きな段ボール船も展示。でかかった。

 

イラストと言えば聞いたことある名前の和田誠さんの似顔絵も。ちょこちょこ知っている人の作品が置いてある。

 

最後になぜか卓球できるスペースがあったので友人と卓球しました。展覧会のディレクターである浅葉克己さんが卓球好きみたい。卓球の雑誌で連載してたほど。久々に卓球して普通に楽しかった。

 

ポスター、写真、オブジェ、立体、絵、映像、大きさもさまざま、とにかくいろんなものがありました。一応順路はありますが、ある程度自由に見れるので気ままに楽しめます。私が行ったときはそんなに混んでなかったので、かなりマイペースに楽しみました。映像じーっと見たり。行ったり来たりしたり。

 

シュールが濃すぎてちょっとお腹いっぱいになるので、すぐ近くのミッドタウンの芝生でコーヒーを飲みながら現実に帰るのもいいと思います笑。

褒めてる!とても褒めている!

目を奪われるけど見つめることはできない美しさと不思議さ~クリムト展@東京都美術館~

東京都美術館で「クリムト展」を見てきました。

klimt2019.jp

 

以下、HPより引用。

19世紀末ウィーンを代表する画家グスタフ・クリムト(1862-1918)。華やかな装飾性と世紀末的な官能性をあわせもつその作品は、いまなお圧倒的な人気を誇ります。
没後100年を記念する本展覧会では、初期の自然主義的な作品から、分離派結成後の黄金様式の時代の代表作、甘美な女性像や数多く手がけた風景画まで、日本では過去最多となる油彩画25点以上を紹介します。
ウィーンの分離派会館を飾る壁画の精巧な複製による再現展示のほか、同時代のウィーンで活動した画家たちの作品や、クリムトが影響を受けた日本の美術品などもあわせ、ウィーン世紀末美術の精華をご覧ください。 

 

駅のポスターで《ユディトⅠ》を見かけて、黄金がきれいだなと思って気になっていました。女のひとの表情が「恍惚…!」って感じで目が奪われた。

日曜日の午後、チケット買うのに10分ほど並んで。中はそこそこ混んでました。見れないほどじゃないけど、小さい絵や写真はちょっと見るのが大変かも。

 

展示は以下8つに分かれて構成されています。

 Chapter 1. クリムトとその家族

 Chapter 2. 修業時代と劇場装飾

 Chapter 3. 私生活

 Chapter 4. ウィーンと日本 1900

 Chapter 5. ウィーン分離派

 Chapter 6. 風景画

 Chapter 7. 肖像画

 Chapter 8. 生命の円環

 

メインどころの作品は公式HPに解説つきでしっかり載っています。気になる絵は事前にチェックしてから行くとよいかも。以下、感想をつらつらと。

 

・劇場の装飾という仕事

絵で有名な人でもいろんな経歴があるんだなと改めて思った。演劇が娯楽として強かった時代というのもあるかもしれないけど、有名になる前は「劇場の装飾」をしてて、さらにそのときのデッサンとかが残っていて後々展示される、というのがすごいよね。歴史とは残るものだなぁ。絵とは違って、柱や壁、建物に描くから、デッサンには手書きで方眼紙の線が細かく書いてあって、アートといえど実用性を感じて面白かった。

 

・モテる人生と女性の肖像画

多くの女性とクリムトは関係を持っていたようで、写真も多く展示されていました。イケメンだったのかしら。顔の作りや好みがアジアとは違うだろうから、そのあたりはよくわからない。女性の肖像画も多く展示されていましたが、どの肖像画も美人で、どこかエロティックな魅力があって、生々しい生きてる感じ、見つめてくる感じがあるんだよね。こういう絵を描いてくれるなら、クリムトに惹かれてしまう女性の気持ちもわからんでもない…か…?でも当時のラブレター(現物)まで展示されちゃって、恥ずかしいだろうな。

 

・日本の影響

「トルコ至宝展」でも日本との関わりがしっかりと展示されていましたが、こちらでも1コーナー作ってありました。日本の浮世絵がヨーロッパに与えた影響はやっぱり大きかったんだね。着物の柄や浮世絵はクリムトにも影響を与えたようです。関連して日本の器や版画も展示されていて、その中で『二匹の金魚』というシンプルな版画が展示されていました。赤い金魚が綺麗で、それを見ていた小学生くらいの男の子が、一緒に来ていたお母さんらしき人に向かって、「当時は多色刷りだから赤と黄と●●を重ねるのが普通だから…」としっかり基礎知識の解説をしていて、詳しい子供っているんだなぁと驚きました。ぜひ日本の芸術界を引っ張っていってくれ。

※トルコ至宝展についてはこちら

habitaso.hatenablog.com

 

・ユディト、ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)

大きな作品でした。女性の表情に目が行ってしまうので解説を読んで気づいたのですが、絵の下の方に男の生首が描いてある。女性はその首を持って微笑んでいる。それを思うと、微笑みの不気味さ、美しさ、どんな感情なんだろうという気持ち、ごっちゃになって混乱します。金箔がきれいだな、と思っていたけど、そのキラキラが「ギラギラ」に感じてくるし、女の怖さも語っているように感じました。でもとにかく美しかった。

ヌーダ・ヴェリタスも隣に展示。こちらも大きな絵で、淡い水色と黒の入り混じり具合が絶妙。女性の表情がこちらもなんとも言えない。どうしてこんな顔を描けるんだろう?

 

・分離派展ポスター

1900年ごろのポスター特有のモダンでシンプルなかっこよさってなんなんだろうね!すごく好き。字のフォントもよい、余白も素敵。絵がゴテゴテしてなくて、線でくっきりあっさりしている。

 

・ヘレーネ・クリムトの肖像

おかっぱの女の子。白い服がとてもかわいい。前髪ぱっつんもかわいい。恍惚感満載のユディトとは全然違ってナチュラルな風合いでした。

 

ベートーヴェン・フリーズ(原寸大複製)

これは見応えがあった。ベートーヴェン交響曲第9番(通称「第九」、年末に合唱でよく歌う曲ですね)をもとに作られた作品。もとは部屋を囲う壁画だったそうで、曲の展開に合わせて壮大な絵が描かれていました。展示スペースには小さめの音量で第九が流れていて、展示の仕方もよかった。絵の最後は天使の合唱と男女のキスが描かれてクライマックスなんだけど、盛り上がり方が伝わる。歓喜の歌!嗚呼!

 

クリムトが発行した『ヴェル・サクルム』という雑誌

クリムトが発行した雑誌だそうで。そういえばコルビュジェ展でも、コルビュジェが発行した雑誌が展示されていました。時代的に、自分たちが発信したいことを「よし、とにかく発行だ!」という発想になりやすかったんだろうか。あと雑誌を発行するハードルが低かったんだろうか。今みたいにネットは無いし書籍が情報源だから、発信も受信もしやすかったのかしらね。時代の違いを感じます。

コルビュジェ展についてはこちら

habitaso.hatenablog.com

 

・生命の円環

最後のスペースでは輪廻転生というか、壮大でおどろおどろしい絵が多かったです。大学に依頼されて作ったとされる《医学》《哲学》はちょっと怖いくらいでした。大学側からは「こんなの展示できるか(意訳)」と言われて結局展示できなかったそう。《女の三世代》《家族》はテーマは共通している気がするんだけど、どこか寂しさや儚さがあって、見ていて胸がぎぅぅとなる感じがしました。ずーっと見るのはちょっと辛いというか。

 

・HPとお土産がなかなか充実している

このブログを書きながら公式HPを読み返していたら、特別企画がけっこう充実してて驚きました。『現代クリムト講座』という企画は、コルクの佐渡島さんなど有名な人のインタビューもしていて、10記事も公開している(アプリ入れないと読めないけど、なので自分は読めてない)。堅いだけじゃなくて、クリムト作品ぽい色合いのネイル「クリムトネイル」ができるクーポンもあったり。

お土産コーナーでびっくりしたのが、クリムトのソフビ人形w クリムトの写真の立ち姿そのままに、ソフトビニールのミニチュア人形が売っていました。誰が買うんだ…。お店に「作っちゃいました!」という製作時のエピソードが他の商品よりもしっかりめに書いてあったので、担当者の肝いりな企画だったんだろうなと思いを馳せました。笑 嫌いじゃない!そのこだわり嫌いじゃないよ!

 

あまりまとまりがないですが、とりあえず行ってよかったです。絵の美しさと不思議さをミックスして鑑賞できました。東京都美術館はいい展示をやるよねぇ。しょっちゅう行ってる気がします。

 

ブログがサボり気味になってしまったので、しっかり更新できるように気を引き締めようと思います。