遠浅の好奇心

海・湖などで、岸から遠く沖の方まで水が浅いこと。そういう所。

新年度ですし自動敬語翻訳機能をGoogleさん作ってください

カレンダーを買ってきてと頼まれた。

カレンダーが売れるのは年末年始。今頃カレンダーを買うのも珍しい。カレンダーは文具売り場の端の方へ追いやられ、ものによっては半額まで値引きされていた。

そりゃそうだ、1年の四分の一が終わってしまったのだから、12枚のうち3枚はいらないのです。過去なのです。月日が経つのは早い。

とはいえ縮小されたカレンダーコーナーも頑張っているもので、新年度「4月はじまり!」と、でかでかとした売り文句に彩られた新商品が細々と並んでいました。なんとか胸を張って立ち上がっているような、そんな印象を受けました。4月はじまりのカレンダーがあることを初めて知った。

 

 

新年度です。異動する人もいるでしょう。入学する人もいるでしょう。

駅には「●●大学 ご入学おめでとうございます!」と書かれた予備校のポスターが貼り出されていて、この大学を受験して落ちた学生はどんな気持ちで見るんだろうと、合格大前提であるポスターの残酷さに思いを馳せました。かといって「来年も一緒に頑張ろう!」なんて書くわけにもいかないし。そっとしておくということでしょうか。

 

 

書くことがないんです。平和な証拠でしょうか。

 

 

ブログをだらだら毎日書いているのは、やっぱり書くのが好きなんでしょうね。

でもどう~~~~にもビジネス的な日本語がへたくそ。

「~させていただきます」「~させていただければ幸いです」「~いたします」「~はいかがでしょうか」etc.etc...謙譲しすぎてわけわからん。「その言い方はちょっと…」という指摘を受けて修正すると、今度は敬語に集中しすぎて、メールで一番言いたいことが何なのかわからなくなってしまう。回りくどくなりすぎて「で結局何?」状態になってしまう。

もうチャットで仕事したい。メッセで仕事したい。既読マークつけてほしい。いちいち「承知しました」ってめんどくさい。

日本語ってなんでこんなに回りくどいんだろうね~~~。

 

特に自分は無意識に失礼な言い回しをしたり、偉そうな書きっぷりをしたりしてしまうようで、よく注意されます。自分で気づかないというのが怖い。指摘されても「別にそんなに失礼じゃないと思うんだけど」としっくりこないことも多くて、余計に怖い。この状態でここまで生きてこれたというのに、今更気づけと言われても無理がある(あきらめ)。社会人になって●回目の新年度を迎えても、メールの言い回しがいつまでも上達しません。もう無理かしら。あーあ。

 

Google翻訳がこれだけ進歩したんだから、自動敬語翻訳機能とかできないものかね。書きたいことを入力すると、ビジネスマナーに則った文面が完成するっていう。あったら絶対使うわ。無駄なことに頭使わなくていいもの!でも日本でしか需要がなさそうだから、そんなサービス生まれないかしら。

 

新年度だから気持ちを新たに、ってほどの変化はなかったのですが、少しは成長を実感したいものです。カレンダーをめくった分だけ何か積もっていくものかしらね。

 

 

ブログの1記事内で「です・ます調」と「言い切り調」がごった煮になっている時点で、日本語を扱う意識が低いのかもしれない。てやんでぇ。

幾何学立体模様:松方コレクションと建物それ自体について@国立西洋美術館

コルビュジェ展に行って、国立西洋美術館の建築や歴史がとてもよかったので別で記事を書きます。

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コルビュジェ展については以下記事参照。

habitaso.hatenablog.com

 

国立西洋美術館は上野にございます。コルビュジェ展(企画展)からそのまま常設展に繋がっていたので、そちらもふわーっと見てきました。集中力が持たなかったのでそんなにじっくり見れなかったけど…

 

絵や彫刻などヨーロッパの作品が多く展示されています。借りてきた作品はどこの美術館所有のものかが書いてあるのですが、作品のほとんどに「松方コレクション」と書いてあってなんだろう?と。HP見たらよくわかりました。

www.nmwa.go.jp

要約しますと、

  • 大正~昭和初期に活躍した資産家である松方幸次郎氏は、ヨーロッパで多くの美術品を買い集めていた。日本の美術界の未来のために、日本に美術館を作ろうとしていた。
  • しかしその後の恐慌や戦争でコレクションは散逸。美術館は建設できず。
  • ロンドンに保管していた美術品が火事で焼失。フランスに保管していたものは無事に残る。
  • 第二次世界大戦後、松方氏のコレクションはフランス国有のものとなる。その後の日仏の交渉で「松方コレクション」として寄贈返還されることになった。
  • ただし返還の条件として、「日本側が東京にフランス美術館を創設すること」がフランス側から求められる。
  • ル・コルビュジエ、また日本側協力者として坂倉準三、前川國男、吉阪隆正が建設責任者として決定。
  • 1959年、国立西洋美術館開館。

 

美術館ができた経緯が、フランスからの要求だったというのが驚きでした。「これだけの美術品を展示するにふさわしい建物を、お前ら作れんのか」ということでしょうか。コレクションはロダンの彫刻や、有名なモネの《睡蓮》など確かにヨーロッパ顔負け。松方さん、どれだけのお金をかけて集めたんでしょうか。国立西洋美術館に行っても企画展しか見ないことが多いので、常設展のすごさは今回初めて知りました。常設展だけ今度ゆっくり見ようかな。

 

コルビュジェの手がけたこの建物、以下の通り貴重で珍しいとのこと。

ル・コルビュジエの設計のもと、パリで彼に師事した前川國男、坂倉準三、吉阪隆正という3人の日本人建築家の協力により完成した国立西洋美術館本館は、所蔵品が増えるにつれて建物が中心から外へ螺旋状に拡張する「無限成長美術館」のコンセプトに基づいています。実現した例は、国立西洋美術館を含めて世界に3つしかありません(ほか2館はインドのアーメダバードとチャンディガールに建設)。

本展について | ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代

 

特徴もHPにしっかりまとまっています。

ル・コルビュジエ建築の特徴は、ピロティー(柱)、骨組みと壁の分離、自由な平面、自由な立面、屋上庭園にあります。当美術館の本館はこれらに加え、展示室の中心にスロープで昇っていく渦巻き形の動線に特徴があります。

美術館の建物|国立西洋美術館

「スロープで昇っていく渦巻き形の動線」を、今回は特に体感できました。吹き抜けの壁にスライドショーでコルビュジェ建築の写真が流れていくので、必然的に上を見上げることになる。そこにある三角形の明かり窓、そこへ伸びていくまっすぐな丸い柱、柱から四方向へわかれる支柱(?)。三角形の窓から天井の凹み方も、直線を結んだ三角錐みたいになっていて見ていてきれいでした。幾何学的な立体模様を見ている気分。

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スロープを昇って別のフロアに移動したはずなのに、もとの吹き抜け空間をちょっとだけ覗けるスペースがところどころにあって。穴で全体が吹き抜け空間に繋がっているように思えました。天井が低い空間と高い空間もバラバラだったり、仕切りでもない壁が突然現れたり。自分が今建物のどこらへんにいるのか、よくわからなくなった。

 

館内に階段もいくつかあったのですが、残念ながら進入禁止。コルビュジェの気持ちを考えながら、フロアを上下に移動したかったなぁ。

 

日本にこんなにユニークな建築があるとは知りませんでした。今回はコルビュジェ展ということもあって、フルに建物を活かしたんだろうなぁと。前にアルチンボルド展で国立西洋美術館に来たときは、こんな印象なかったもんな。展示室がそもそも違かったのかな?

 

日本の美術を育てようとした松方さんに、感謝であります。ここに限らず、常設展をちゃんと見てない!ということはよくあるので、今度は常設展もしっかり見よう、常設展のために美術館に行こうと思いました。建物ももちろん楽しんでね。

ピュリスムって何だろう?:ル・コルビュジエ展@国立西洋美術館

国立西洋美術館で「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代」という展示を見てきました。

lecorbusier2019.jp

以下、HPより引用。

20世紀建築の巨匠ル・コルビュジエ(1887-1965)が設計した国立西洋美術館本館は、2016年にユネスコ世界文化遺産に登録されました。開館60周年を記念して開催される本展は、若きシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ(ル・コルビュジエの本名)が故郷のスイスを離れ、芸術の中心地パリで「ピュリスム(純粋主義)」の運動を推進した時代に焦点をあて、絵画、建築、都市計画、出版、インテリア・デザインなど多方面にわたった約10年間の活動を振り返ります。

 HPのCM動画にキャッチーな作品がまとまっているのでこちらも御覧ください。

youtu.be

 

コルビュジェは「有名な建築家らしい」ということしか知りませんでした。国立西洋美術館ユネスコ世界文化遺産に登録された2016年にニュースで報じられて、それを見て「へぇ」と思ったくらい。今回の展示は建築についてももちろんですが、それ以前の絵で表現していた時代の作品もたくさんあり、展示全体では絵の方が多いくらいでした。

 

展示は4部構成。

Ⅰ ピュリスムの誕生

Ⅱ キュビスムとの対峙

Ⅲ ピュリスムの頂点と終幕

Ⅳ ピュリスム以降のル・コルビュジェ

 

国立西洋美術館の建物自体がとてもよかったので、それについては後日別記事で書きます。さっきHPを改めて見直したら設立の経緯が興味深くて、書くと長くなりそうで。

あとピュリスムキュビスムは解説を読んだけれど難しかったので割愛します。笑 展示全体の感想をつらつら書きます。

 

■入ってすぐの19世紀ホールで模型を楽しむ

19世紀ホールは本館中心にある吹き抜けのホール。コルビュジェらしい、直線が入り組んでいろんな空間を覗くことができて、不思議な構造のホールです。企画展ではおなじみの導入ビデオ、そして吹き抜けの高く広い壁にコルビュジェ建築の写真がスライドショーで流れていました。

建築模型が4つほどあって、レゴを見ているみたいで面白かった。白く小さな建物なんだけど、窓の並び方、空間のつながり方、吹き抜けがこんなとこにあるの、というようなコルビュジェの革新性が伝わります。解説を見てさらに新しさを実感する。

 

何より面白かったのは、コルビュジェが立案した「パリ改造計画」。「ヴォワザン計画」と呼ばれ、1925年に発表されたもの。自動車が普及し始め工業化が進む中で、パリの都市はどうあるべきか。コルビュジェのアイデアは画一的で見たら美しい…そうなんだけど、統一されすぎてちょっと怖い感じもしました。

大きな太い道路が一直線に進み、それを中心に四角形の土地が並ぶ。それぞれの土地の中心には十字型の高層ビルが建ち、そこがオフィスフロア。その周辺に住居となる集合住宅。その四角形のユニットがたくさん並ぶ。今のパリからは考えられない構造…。古い町並みを取り換えるくらいの気持ちだったのかしら。3Dプリンターでできた街全体の模型がありました。

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ビルがおしゃれ!十字型とか面白い。

…と思ったんですが、画一的すぎてこんな生活できないよな、とも思い。後から「ヴォワサン計画」でググったところ、批判的な記事が出てきました。

www.diplo.jp

「行動への誘い」と題する第一章で、彼はまず「世界は病んでおり」一方で「ロシアとイタリアは新たな政権を樹立している」と述べる。全体主義政権だ。そしてフランスでは「崩壊は時間の問題だ」と。「1934年2月6日パリにて(5) : 清潔さの復活」と説明書きのある一枚のバリケードの写真は、おそらくル・コルビュジエに(ファシスト)革命の初期段階を想起させたにちがいない。ソヴィエトの統制経済(6)とその当然の帰結である、上から課せられた「規律」に強い印象を受けて、彼は「プロレタリアートの消滅」を望み、「民衆の救済という大義のために土地を利用し」て「階級のない都市」を創りたいと考える。あの国の例に倣うべきだと。「ソ連の自由な土地は自由な都市計画をもたらす」。だが、私有財産の廃止は「機械文明のあらゆる仕組みの要である個人の自由の尊重」と共存しなければならない。どうやって?「現代人の家屋(と都市)、みごとに調整された機械は、今日失われた個人の自由をもたらし、一人ひとりに自由が復権するだろう」

集合住宅があんなにも画一化されるのはちょっと社会主義的だなと思ったのですが、やはりそういう思想的な影響があったようです。(ちなみにこの記事は、フランスの新聞「ル・モンド」系列の月刊紙「ル・モンド・ディプロマティーク」の翻訳記事です)

 

19世紀ホールの吹き抜けをうまく活かした展示方法で、空間の広がりを体感しながら当時の建築の新しさを感じることができました。3Dプリンターって建築においても大きな影響あるんだろうねぇ。

 

ピュリスムの絵

ピュリスムがなんだかうまく説明できないのですが、そのコーナーにあった絵は面白かったです。錯視みたいで。《多数のオブジェのある静物》は冒頭の動画にも出てきますが、重なった部分と立体と平面の境目とがわからなくなる。遠近感もわからない。どこから描いたかもわからない。

でも幾何学的な直線を引いて三角形を作って、かなり入念に配置をチェックした上で描かれている。図形的な考え方があるというのが、アートなのに数学的でユニークでした。構造への意識が伝わるように、下書きのスケッチやラフも多く展示されていました。三角形の下書きとか見れるんですよ。面白いねぇ。

図形をいじり倒して落書きしている自由帳を見ている感覚でした。子供のころ、直線引いて偶然できた図形で遊んだ気がするんだよね。

 

コルビュジェを囲む作家たち

コルビュジェと一緒に雑誌を発刊したアメデ・オザンファンの絵も多く。他にはコルビュジェが影響を受けたとされるキュビスムの作家の絵、彫刻なども。リプシッツという作家の彫刻《ギターを持つ水夫》は、「これがキュビスムなんだろうなぁ…」とぼんやり感じることができる、立体をくっつけました!感がある作品です(乱暴)。でもこんなに前衛的なのに、彫刻の正面がわかる自分に不思議を感じるんです。そりゃあ展示の向きもあるだろうけど、でこぼこしてカクカクしてるのに、このあたりが正面で、このあたりがギターかな、、というのがぎりぎりわかるんです。不思議。

当時の映像作品もあったんだけど、リピートが多用されて不思議な映像でした。立体作品と同じようなノリが映像の中にあるというか…。午後の眠い時間帯だったせいか、同じシーンを繰り返し見せられたせいか、一瞬眠気で意識が飛んだ。笑

 

コルビュジェ建築とインテリア

コルビュジェが実際に建てた建物の模型や当時の映像、写真、設計図などが展示されていました。いや、吹き抜けの作り方や光の取り込み方、螺旋階段の位置とかが絶妙で面白いのね。自分は建築はわからないけど、どこの部屋からも建物の全体を感じることができるような構造だな、と思いました。

コルビュジェは自分でインテリアも作ったそうで。実際に作った椅子が展示されていました。これがまたおしゃれで。パイプ(スチール・チューブ)を使った寝椅子はもはやセクシー。家が広かったら欲しいとさえ思った。回転椅子も現代的。書斎に欲しいね。書斎ないけどね。

 

 

長くなりましたが、建築のイメージから入って展示を見に行ったところ、建築だけでなく絵も立体もめいっぱい楽しめました。人が住む、暮らす建築をガラッと変えるというのはなかなかできない。コストもかかるし。そんな中で新たな提案をどんどんしていったコルビュジェのエネルギーを感じることができます。

アール・デコの展示を前に別の美術館で見に行ったときも思ったけど、やっぱり第一次大戦後のパリって、なんだか惹かれるものがあるねぇ!

集中と夢中の違い

実はひっそりと、一昨日から「毎日更新しよう」と目論んでいた。

だが今日はもうこんな時間である。

 

落ち込みやすい性格なので、家にじっとしていると嫌なことが頭の中をぐるぐるしてくる。文章を書くのは好きなので、書き始めると集中できる。悶々としている時間を減らせるなら、「何かやる」という行動を少しでいいから始めよう、続けようと思ったのでした。

 

とはいえ、結局夜更かしになってはいけない。時間を決めないといけないかな。

 

「考え事を追い出すために何かをする」という発想自体が、そもそも健全なのか自信がない。元気な人やご機嫌な人は、「何かをしていたら夢中になっちゃった」というパターンが多いのではないか。一方で自分は、「集中するために何かをする」という逆の順序になっている。なんだか必死すぎない?笑

 

嫌な方向のイマジネーションはある意味豊かで、悪い意味での集中はしてしまいがちなのだが…。自然と何かに夢中になるという感覚、久しく味わっていない。

 

夢中と集中は違うかもしれない。

集中は、好きじゃないことでもある程度はできるものだと思う。そこそこ好きなドラマは続きが気になってずっと見ちゃうとか、youtubeをだらだら見続けてしまうとか、惰性で始まったことでもある意味持続した集中は可能だと思う。勉強とかもそうかしら。

 

夢中は、夢の中。好きなことで頭がいっぱい。時を忘れる感覚。

weblio辞書によると、以下の通り。

① 夢の中。夢を見ている間。夢裡(むり)。 「 -に音を聞く」
② 一つの物事に心を奪われて我を忘れる・こと(さま)。 「無我-」 「テレビに-になる」 「火勢に追われて-で逃げる」 (夢中(むちゅう)の著者・刊行日 Weblio辞書) 

心を奪われること。一方で「集中」は「自分」を失っていないと思うんだよね。

夢中は「自分」を忘れてしまう。

 

眠くなってきた。今、私は「集中」している。夢中と集中の違いを「集中」して考えている、でもこの時間はさすがに疲れてきた。

 

集中は「やろう」としてできることだけど、夢中は「やろう」としてもできないこと?

だいぶしっくりしてきたぞ。

 

夢中になるにはどうしたらよいのだろう。集中を進化させるのだろうか。

好きなことで、集中すればよいのか。

でも集中しようとしないうちに心を奪われてしまうのが「夢中」でしょう。

求めてなるものではないのかしら。好きなことを探してそればっかりやる、ということが一番の近道なのかしら。

 

好きということだけ自覚して、目の前のことだけやっていけばいいのかしら。

 

段々見えてきたけど、五里霧中な気がしてやみません。

もう寝て、夢の中にいざなわれましょう。

 

NHKで6時間て。~「朝まで「大人計画テレビ」~松尾スズキと25人の仲間たち~」~

NHKBSでやってた「朝まで「大人計画テレビ」~松尾スズキと25人の仲間たち~」を録画して見ました。

www6.nhk.or.jp

 

なんとたっぷり6時間!松尾スズキが主宰する劇団(?)「大人計画」を創成期から振り返るこの番組。

大人計画の演劇は見たことないのですが、松尾スズキ宮藤官九郎阿部サダヲ星野源荒川良々など有名でエッジの効いた人がたくさん出ると知って録画。大人計画の所属俳優を見ると、あの人も、この人も、脇役で見たことある!という発見も多く。録画してちょこっとずつ見ました。大人計画のメンバーが全員揃うことは初めてだそうで、だいぶ貴重。NHK攻めてるな。受信料払っててよかった。

 

番組の流れは、大人計画の成立から現代までを徐々に振り返りつつ進んでいく。加入した順にスタジオのひな壇にメンバーが増えていき、それぞれ加入のいきさつを語る。過去のVTRを振り返ったりミニコーナーを挟んだり。NHKの過去のアーカイブ映像も蔵出し。6時間分見終わりましたが、飽きが来なかったのは少しずつ見たからか、それともコンテンツ(大人計画)が強すぎたからか。

 

演劇には縁のない生活をしてきたので、劇場に足を運んで観劇した経験はほとんどありません。ロンドンに旅行したときにミュージカルを見たものの、あまり感情移入できず。舞台を見るのは向いてないかも、とそのとき思ってしまったくらい。

 

一方で大人計画は演劇だけではなく、ドラマや映画、コント、グループ魂のようなバンド活動まで幅広いエンターテインメントを提供しているので、(いい意味で)軽い気持ちで番組を見ることができました。

 

松尾スズキが過去に出演したNHKの「トップランナー」(情熱大陸のスタジオ版みたいなやつ)もまるっと放送。当時37歳の松尾スズキは全然偉そうじゃなく、演劇論を熱く語る体育会系でもなく、ただただ「自分が面白いと思うことをしたいだけ」というスタンスが押しつけではなく伝わって。一緒にいると気を遣いそうだけど、暑苦しくなくて一緒に何かしたくなる人なんだろうな、と漠然と感じました。

 

もやもやと煙に巻くような人だけれど、言いたいことは言うひとなのかしら。ぼそっと言う言葉が、芯を捉えているようでビクっとさせるのかしら。どうにも気になる人です。

 

スタジオコーナーでは、大河ドラマ主役の阿部サダヲ、もはや有名アーティストの星野源もひな壇2~3段目に座るという、珍しい形w この番組でしかできない扱いでは…。その様子自体が見てて面白かったです。メンバーそれぞれの大人計画に入ったいきさつも個性があって、人生っていろいろ。80年代の小劇場ブーム、実際にその年代に自分が生きていたら見に行っていたんだろうな。その時代を感じたいと思いました。脱サラして役者になる人もいるんだもの。そういう衝撃が日常に足りない。

 

6時間の中に、「大人計画フェスティバル」密着特番の再放送がありました。HPのタイムラインにも記載されています。

名作選「18年目の学園祭~大人計画フェスティバル」(2006)
伝説の番組です。語りは、俳優・大沢たかおさん。

大人計画フェスティバルは、多摩市の廃校になった小学校を使って開催された大人計画主催のフェス。体育館でのバンド演奏あり、お化け屋敷あり、フリマや屋台もあり、文化祭のようなもの。当時25000人集客したそう。すごいね。

 

この番組での大沢たかおの使い方がすごかった。すっかり騙された笑。

以下ネタバレ注意。

 

 

 

ナレーションを務める大沢たかお、「かつて大人計画に在籍していた」という体でこの番組に出てきます。「自分は途中で逃げ出した人間だ」と悔いるような語りも込みで、このフェスを見ていくわけで。大人計画メンバーへのインタビューでも「当時の大沢たかおの印象は?」と聞かれてみんなそれっぽい回答をするわけですね。「一重を気にして眼鏡をしていましたよ」とか、「稽古場よく間違えてましたね」とか、「役をもらえなかったのを気にしていたみたいだ」とか。真面目な顔で答えているわけです(後から考えるとちょっとおかしいな、と思うんだが)。

 

これを見ていた自分は「大沢たかおってそういう一面もあったのか」とまともに見てしまったのですが、さすが大人計画。番組の最後に、「大沢たかおさんに関する部分は全てフィクションです」とテロップが流れました。

 

嘘なんかい!!!すっかり騙されました。まともに見た自分がバカだった。一人で家で見てたのに思わず声が出た。10年以上前のTV番組に騙される自分…風化しないギャグセンス…。

 

 

 

松尾スズキは演劇を本格的にやっていた人ではないと。脱サラして劇団を立ち上げて、素人ばかりでやったんだと。劇団を立ち上げた理由も、当時付き合っていた彼女に「あなた演劇好きって言ってたんだからやればいいじゃない」と言われて「やってみるか」と思ったからだと。

 

熱くないから、今目の前の気になることややりたいことに忠実になれるのだろうか(あんまり「熱くない」って言ったら怒られるかな、本人は熱いかもしれないし)。

 

熱いと他人にも厳しくなるし周りからの評価にも敏感になるし。熱いほうが「認められたい欲」が出る気がするのね。「熱い」って、自分の正当性を訴えたい、認めさせたいってことだから。松尾スズキからはそういう押しの強さは感じられなかったな、それが心地よかった(楽だった)なと、番組を見ていて思いました。

 

自分は基本的に自信がない人間なのですが、たまに調子のいいときには自信満々になって偉そうになってしまうときがあります。そういうときはたいてい熱いヤツになっている。リーダーシップや勢いが歓迎されることはあるけれど、一方で押しつけがましくなっていたり焦りが出てしまったり、後でほころびが出てくる。

 

 

一緒にいてくれる人たちにとって、楽(らく)な人間でありたいと改めて思いました。

「面白く」もセットで。

仮に人間が光合成できたとして

春が来たと思ったら、寒い。

ダウンコートをクリーニングに出して、代わりに春物コートを出したところだ。春物コートもせっかくの出番だろうに、体にぎりぎりと巻き付けられて風を浴びながら「寒い!」と罵られて、ああかわいそうに。そう言いたくなるくらい、風の冷たいここ数日に似合わない、頼りない薄いトレンチコートをたくさん見かけたのだ。

 

衣替えの季節はその通りで、クリーニング屋さんからは「ダウンコートはゴールデンウィーク明けになっちゃいますけど大丈夫ですか?」と聞かれた。そんなに時間がかかるのか。もうシーズンオフのつもりでクリーニングに出したから、別に問題はないのだけれど。

 

一方で日差しはぽかぽかと暖かくなっている、確実に。

 

いつだったか、「光合成できたらなぁ」と思った。

実家のベンチで日向ぼっこをしているときだったか。実家の縁側の位置、庭を見渡すポジションにベンチが置いてある(見渡すほど広い庭ではないが)。そこは日差しがさんさんと降り注いで、春に日向ぼっこするには最高なのだ(日焼けには注意だけど)。うまくいかないことばっかりでだらだらしたいときに、ベンチに座って太陽光を浴びながら「光合成で生きていきたい」と思ったものだった。

 

光合成ができたら食事は必要ない。食うためにあくせく働く必要もない。ただ日なたに出るだけで、エネルギーが生成されるのだ。

ただし呼吸は必要。水も必要。

あれ、よく考えたら衣食住の「衣」と「住」はどうにかしないといけないのか。そう考えると働く必要は出てくるなぁ。お金はどうしたって必要になる。おしゃれだってしたいし、いいところに住みたい。

働くということは結局今と同じじゃない?「食」が圧倒的に効率化される分、余計に働くようになってしまわない?特に日本人。食事休憩がなくなって、とりあえず日なたに出ればよくなっちゃうし。

 

仮に光合成で人間が生きていくとしたら、一日あたりどれだけ日光を浴びればよいのだろう。そう思ってググってみたら、同じことを考える人間はいるものである。しかも大学教授。

blog.ac.eng.teu.ac.jp

こちらの記事では、「光合成で人間が活動するエネルギーをまかなうとしたらどの程度の面積が必要か」を記載している。計算式とかすっとばして結論は以下のとおり(記事内より引用)。

もっとも今回の計算は太陽光のすべてのエネルギーを利用できる、という仮定で計算しています。我々が知っている植物の光合成のエネルギー効率(エネルギー効率ですよ。ここ重要。)は100%にはほど遠く、実際には1%を超えることはないとされています。頭に5m×5m(あるいは直径6m)の緑の葉っぱをつけて活動することを考えると「自分で光合成」はあんまり良いアイデアではなさそうです。 

 

頭の上に直径6mの緑の葉っぱを載せる必要があるようだ…。ただ、ここで言っているように「エネルギー効率が植物の光合成レベル」とすると6m必要。太陽光をフルにエネルギーに変えることができるなら、直径約60cmの円でよいらしい。日傘くらいか。それか半袖ハーパン生活くらい?いけるやん?

とはいえそんなテクノロジーはなかなか生まれないだろうが…。

 

光合成で生きていくためには、人間の体を大きく変えるバイオテクノロジーが生まれるか、地球の環境が激変して太陽光が超強力になるか、光をエネルギーに変える家電が生まれるか、全部成立しないとダメっぽい。なかなか遠い道のりである。

 

あーあ、やっぱり光合成は無理か。でもここまで書いてたら、別に光合成してもしなくても毎日変わらない気がしてきたぞ。食事を補えたとしたって、それ以外の生活は変わらず進んでいくだろうから。毎日の生活に「やり甲斐」「生きがい」を感じたいという欲求は相変わらず持っているだろうから。

 

実家のベンチでだらだらと愚痴っていた自分、光合成は諦めて運動でもしなさい。

絢爛豪華だけどチューリップが愛らしくて:トルコ至宝展@国立新美術館

国立新美術館で「トルコ至宝展 チューリップの宮殿 トプカプの美」という展示を見てきました。

turkey2019.exhn.jp

 

以下、HPより引用。

アジアとヨーロッパにまたがる交易の要地・トルコは、多様な文化を受容・融合し、比類ない美を育んできました。
本展では、イスタンブルトプカプ宮殿博物館が所蔵する貴重な宝飾品、美術工芸品をとおして、花々、とりわけチューリップを愛でた宮殿の生活、オスマン帝国の美意識や文化、芸術観を紹介します。

また、オスマン帝国のスルタンと日本の皇室の交流を示す品々のほか、
明治期の日本美術品を里帰りさせるなど、両国の友好関係にも光をあてます。 

 

駅で見かけたポスターを見て知りました。ポスターに写っていた「ターバン飾り」があまりに美しくて、黄金に大きな宝石がたくさんついていて。なんと絢爛豪華なのかと。ヨーロッパとアジアの境目にあるトルコ文化にはミステリアスな魅力があって、前から気になっていました。どれどれとHPを拝見。豪華な品々もたくさん展示されるではないですか!Twitterを見る限りそんなに混んでなさそうだし、穴場の予感がしてました。

 

展示は3部構成。

第1章 トプカプ宮殿とスルタン

第2章 オスマン帝国の宮殿とチューリップ

第3章 トルコと日本の交流

 

もう、絢爛豪華(2回目)。柄がエメラルドでできているナイフ(刀)とか展示されてるんですよ。こんな大きなエメラルドあるんかいっていう…。あと展示でポイントとなっているチューリップ(後述)。そのおかげで、スルタン(王様、将軍のようなもの)の調度品が豪華なのにかわいらしく、愛らしくなる。ただただ豪華なだけではなく、オスマン帝国の王室が大事にしていたものが伝わる展示でした。

展示の仕方も凝っていて。「トルコっぽい!」と言えるタイル模様をプリントして壁に貼って、まるで宮殿の中にいるような見た目にしたり。宮殿の門に描かれている飾り文字をアーチ状に飾って、来場者が門をくぐって進んでいく演出をしたり。壁に飾り窓を開けてそこに展示物を飾ったり。宮殿の雰囲気を伝えようとする、主催者側の気持ちや努力が伝わってきました。

 

順に気になったところの感想をば。

 

■第1章 トプカプ宮殿とスルタン

ここはとにかく豪華。もう宝石の量がすごい~。金銀はもちろん、ダイヤモンド、エメラルド、ルビー、サファイアトルコ石、サンゴ、ヒスイ、象牙。ターバン飾りや、刀、指輪、とにかく豪華な調度品の数々に、「ほえ~~~」と独り言を言わずにはいられませんでした。玉座の上に吊るされる「吊るし飾り」が展示されていたのですが、どでかいエメラルドが3つ連なって、もう感激です。う、美しい…。ここまで宝石つけなくてもいいんじゃない?と言いたくなるくらい宝石だらけなものもありましたが笑 でもキレイでとても素敵でした。人間はなぜこんなにも宝石に魅せられてしまうのかしら。

あと入場して一番最初にある5分ほどの解説映像。これが4Kで撮影されたもので、海辺のトプカプ宮殿がとても綺麗に映されていました。映像でも感動。

第2章中盤の話ですが、中国から輸入された陶磁器もありました。なんとその陶磁器に宝石を金で貼りつけて加工していて!青と白のいわゆる「陶器」に、たくさん宝石がちりばめられていたんですね。ここまでやるか、とちょっと笑ってしまいました。確かに、スルタンの調度品に比べたらアジアの陶器はおとなしい印象だからね。バランスを取ろうとしたんでしょうか。

 

■第2章 オスマン帝国の宮殿とチューリップ

ここでチューリップにフォーカス。

以下HPより。

チューリップはトルコ語で「ラ一レ(lâle)」と言います。
オスマントルコ語の表記に使用されていたアラビア文字で、ラ一レの綴りの文字配列を変えると、イスラム教の神のアッラーという言葉になり、さらにはアラビア文字で表記されたラ一レを語末から読むとトルコ国旗のシンボルでもある三日月(ヒラール)という言葉に変わるのです。
そのような事情から、チューリップは花として愛されただけでなく、宗教的、国家的な象徴としても崇められ、チューリップヘの畏敬を表した品々が数多く作られるようになります。

チューリップにそんな意味があるとは知りませんでした。「チューリップといえばオランダでしょ」と思っていたので、トルコでもこんなに重宝されていたとは。解説にあるように「三日月」の意味合いもあるせいか、オスマン帝国では細長い品種が愛されたようです。本や陶器に描かれているチューリップは、つぼみが咲ききっておらず細長くすら~っと伸びているものが多い。くびれすら感じる。当時の人々はそこに美しさや尊さを感じたんだろうな。

スルタンのカフタン(上着、コートみたいなもの)は刺繍が美しく、チューリップのモチーフがたくさん。こんなに大きくたくさんのチューリップを描いたものを帝国のトップが着ていたというギャップ。でも絵というよりもはやモチーフになっていて、デザインとして確立していたようです。チューリップ柄の革靴は現代でも通用するほどかわいかった!

スカーフやクッションカバーなど繊維製品の展示もたくさんされていて、本当に保存状態が良いなと。日本の明治時代ごろ、100年以上前のものがほとんどなのに、虫食いもなく綺麗に残っていることに驚きました。宮殿で大事に保管されていたんだろうね。子供用の服も展示されていてかわいかった。スルタンのズボンがブカブカすぎる件はどこにツッコんだらよかったんだろうか。

そしてチューリップ用のガラス製花瓶。チューリップを美しく立たせるために、細長いデザイン。土台部分は水を貯めるために瓶らしく丸みを帯びているのですが、そこからぐっと細くなる花瓶の美しさ。チューリップ1本しか入らない、ほんとに。花瓶自体にも繊細な模様が施されていて、カラフルなチューリップとガラス花瓶の組み合わせはそれは美しかったんだろうなと…。組み合わせのセンスも問われたのかな。

 

■第3章 トルコと日本の交流

ここの展示はスペースとしては比較的コンパクト。日本からオスマン帝国に献上された品々が日本に里帰りした、という感じ。トルコ至宝展なのになぜ日本の鎧兜があるんだと言いたくなりました笑 当時こんなものまで持って行ったのね。

私の身長くらい大きな有田焼の壺も。昔撮影されたトプカプ宮殿内の映像が流れていたのですが、当時の宮殿の廊下にででーんとこの壺が並んでいる様子が収められていて、「これじゃん!」という驚き。今回の展示のために日本にわざわざ持ってきて、いや、遠路はるばる来てくれてありがとうという気持ちです。

 

全体的に展示物自体が美しくわかりやすいので、解説の文言は少な目だったと思います。でもちょうどよい量でした。比較的空いていたので、解説文を読むために並ぶ、ということもなく。ところどころ、当時の様子を描いた絵の印刷を展示して「これはここに描かれています」と目で見てわかりやすい解説がしてあったのも、来場者に優しくてよいなぁと思いました。

 

いや、なぜ混んでないんだという穴場感。宝石もっと眺めてくればよかった。

ここに書いたのは展示のごく一部です。歴史に詳しくない人でも楽しめます。ただただキレイで心が満たされます。わかりやすいし、ぜひおすすめします。

穴場だぞ!ほんとに!!もう!!!